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日本料理は裏の仕事を食べさせる

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

日本料理は裏の仕事を食べさせる

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

日本料理は「料理をしない料理」と言われる。特に刺身などは、外国人から見たら「切っただけ」である。

料亭のご主人も「確かに、和食はできるだけ料理をしていないように見せることが大事」という。「しかし、裏ではきっちりと仕事してます」と続く。

刺身は、確かに魚を切っただけなのだが、裏の仕事に手が込んでいる。まず、魚を選ぶことから料理が始まる。産地や姿を見てうまいかまずいかを見極める。もちろん、鮮度は重要。何時に締めたかが大事で、鯛やヒラメなどの白身の魚では、締めてから(死んでから)何時間寝かせるかでうま味の強さが変わる。時間が短いとうま味が少ない。筋肉に含まれるATPという物質が分解されてうま味成分のイノシン酸が溜まるまでの時間が足りないのだ。反対に寝かせる時間が長くなりすぎると、イノシン酸はヒポキサンチンという、うま味のない物質に変化するので、これはおいしくない。また、身が柔らかくなり鮮度の低下が始まる。

締める時刻の調整には、活け締めという技術が使われる。漁船の上では魚の脊髄をピアノ線のようなもので壊して代謝を低下させ、死なないように保存する。これが活け締めである。夜の料理に出すならば鯛は朝が締め頃か。

さて、頃合いになったうま味の豊かな魚を切るところで、さらに外国の人が想像もつかない技術がある。刺身専用の包丁が片刃なのである。片刃とは、刃が片側だけにある包丁で両方に刃がある包丁よりも鋭い。この包丁は刃が長くて、これで引き切りする。切り口が鋭利でないと、おいしさが逃げる。刺身の離れがいいように刃はわずかに湾曲させてある。
「ただ、切っただけ」ではない裏の仕事が凄い。
さらに、ワサビは鮫の皮のおろしで細かくおろす。醤油も吟味する。

これを、吟味した皿に盛りつけるのだが、おいしそうに盛るには技術がいるという。「べったり盛ってはダメ、高く盛らな」と。立体感はテクニック以前の常識なのだそうだ。

ここまで知ったら「切っただけ」とは言えまい。日本料理は、「裏の仕事」を食べる料理である。

出典「互助組合報」(2014.9.10号)