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TRIVIA 2019.02.08 山田 容

子どもと食をめぐる問題 vol.2

家事や育児につまずきを感じる親はたくさんいます。家事と育児そして仕事に追われる親が、丁寧に食事を作ることができないとしてもなんら不思議はありません。子育て中は、特に母親に課される役割と責任はとても重くなります。

子どもと食をめぐる問題について話す山田容教授

食に関する母親の役割へのまなざしを変えよう

日本の母子世帯は半数以上が相対的貧困の状況におかれ、同時に母子世帯の母親の就労率はとても高い実態があります。すなわち働いているけれど貧困から抜け出せない母子世帯が多いのです。子どもに望ましい食事を与えたいと願いながらも、生活に困窮し、仕事を掛け持ちして帰宅が遅くなり、それがかなわない家庭は少なくありません。
虐待の加虐者の約6割が実母なのは、ひとり親世帯も含め母は父よりもずっと多く子どもの側にいるからと言えなくもないでしょう。こうした事情をふまえず、子どもの食の問題を母親の努力不足かのようにいうのは、ますます追い込んでしまうことになります。
子どもの食を安定させるには、母子世帯に限らず、親が子どもを長時間おいてまで働かなければならない状況を見すえ、それを緩和する経済的支援、労働条件等の改善が必要です。

加えて、家庭内外で特に食に関する母親の役割へのまなざしを変えることが大事だと思います。食に代表される母親の規範意識はいまだ根強く、周囲の視線は時に監視的になります。お母さんの「手作り」は最高であって、例え「手抜き」の料理が並んでいたとしても、それが父子家庭なら「仕方ない」と思われがちですが、母子家庭であればまた違った目で見られるのではないでしょうか。

そして、多くの母親は「いいお母さん」という規範を内在化して、自己評価の基準にしているといえるでしょう。自他共に母親が規範への期待に添えていないとき、周囲の批判をおそれ、あるいは自らを苛んで、それらが周囲との関わりの抵抗となり孤立へつながることがあります。
私は誰がどう作っていようと、あるいは買ってきたものであれ、外食であったとしても最低限の食事が子どもに与えられていたら、まずは合格とすべきだと思います。むしろ、日々忙しくしながら、そして困難な条件を抱えていればなおのこと、家庭として子どもの食を何とか確保している努力を評価すべきです。明らかに健康を害する状況であれば別ですが、栄養バランスなどは次のステップであり、ましてや彩りが悪いなどは問題にすることでもありません。できなさを批判するよりもそれができる条件作りに焦点を当てるべきでしょう。

子ども食堂やフードバンク活動にはまだまだ課題がある

続いて子どもの食の社会化、つまり家庭以外で子どもの食事をまかなうことについて考えてみましょう。日本の福祉は、育児や介護などのケアを家族に、そして主に女性に多くを担わせることで成り立ってきました。しかし、家族構成員が減り、共働きが増えた近年は、このモデルはもはや成立しません。
このような時代の変化に応じて、介護や保育については徐々に社会化が図られ、社会サービスの利用が増えてきましたが、親がいる家庭の食についてはあくまで親の責任と認識されているといえるでしょう。中学校で給食を出すことに強固な反対意見があったように、子どもの食の社会的代替には抵抗が多いのも事実です。

ところが、子どもの貧困が報道されるようになった数年前から、公的サービスでも営利企業によるものでもない、地域住民による子どもの食へのサービスがはじまりました。子ども食堂です。これは近所に食の問題を抱える子どもがいることを知った住民がはじめた全くの民間活動であり、ここ数年で瞬く間に全国に広がり、今では多くの行政が資金などのバックアップをしています。

子ども食堂は、食の提供のみならず、家族以外の大人と接する孤立の解消にも大きなよい影響があり、子どもを育む重要な働きとして期待され、衰退したと言われる地域の可能性を感じさせる現象でもあります。しかし、ほとんどが月に数回程度の食事の提供であり、それぞれの子どもへの細やかなケアや、ましてや経済的な支援などはできません。
子ども食堂は支援のきっかけにはなるかもしれませんが、本来来て欲しい子が来ているのかなど多くの課題があり、万能視するのも問題です。何より、食の保障の基本条件は公的な責任で満たされるべきことであり、児童手当など各種の社会保障や労働環境が十分整備されていない現状は、子どもの養育に対する社会的な責任が果たされていないといえます。こうした保障の上に子ども食堂の利点は置かれるべきでしょう。

ただ先に述べたように、食を介しながら家族以外の大人との関わりがあることで救われるケースは実際にあります。その意味では、家で親と食べること、地域の人たちと食べること、子どもにとって選択肢ができることは意味あることだと思います。そして、それは親のレスパイトになるかもしれません。

子ども食堂の他にもスーパーから譲り受けた食品を困窮家庭に届けるフードバンク活動や、生活困窮者自立支援法のメニューの一つである生活保護世帯の子どもへの学習支援に併せて食事を提供する活動も存在します。いずれにせよ子どもの食の社会化は、親にも子にも恥ずかしいと思わせない雰囲気、仕組み作りが必要です。
外食の利用も含めて子どもの食の社会化は、先に述べた母親のプライドにも関するデリケートな領域でもあるのであり、おそらくは大きな抵抗ととまどいに揺れながら、少しずつ進んでいくような気がします。特に子ども食堂については、一過的な美談に終わらせることなく、その意義やあり方について、丁寧に考えていきたいと思っています。

山田 容

やまだ よう

龍谷大学社会学部現代福祉学科教授

同志社大学大学院社会福祉学専攻修了民間企業、短大講師等を経て、2006年より現職【主な活動】・滋賀県内複数の要保護児童対策地域協議会委員・虐待対応支援者へのスーパービジョン・福祉施設、相談機関の職員研修講師