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TRIVIA 2019.02.05 山田 容

子どもと食をめぐる問題 vol.1

私は長く子どもの虐待問題に関わり、そこから派生する子育て支援などにも関心を持ってきました。たくさんの子育てのかたちを見てきましたが、子どものいる家庭の役割を考えるとき、子どもへの食の提供と食卓のあり方への視点を欠かすことはできません。

子どもと食をめぐる問題について話す山田容教授

家庭の「食」は子どものカラダとココロを育む基盤になる

私たちの日常の営みは、多くが食の獲得に行きつきます。家族はその大事な食を分かち合う特別な関係であって、家庭生活において保護者の重要な役割は家族成員への食の提供であり、特に幼い子どもにとっては親(大人)から供される食べ物こそが命の保障に他なりません。
同時に、食卓は家族のつながりを深めていく場でもあります。子どもがいる食卓では、自ずと大人たちの視線は子どもに集まり、話題は子どもの学校や友だちのことが多くなります。食事をしながら子どもの希望や親からの期待が語られ、相互の思いが交じわり、軋轢や修復が繰り返されていきます。さらに子どもは親との会話から、未だ知らない大人の世界を感じとり、未来に思いをはせることもあるでしょう。そして、何より食卓でなされるしつけは、子どもの自立を促し、社会的な存在へと育みます。このように、家庭における食と食卓は子どもの育ちの基盤となります。

さて、ここまで述べてきた食の物語はいわば典型であり、また理想型といえるかもしれません。少なくとも、私が子ども虐待など要支援ケースを通して垣間見てきた家庭では、大きく異なる光景がしばしばみられます。要支援ケースに限ったことではありませんが、すべての家庭で食事が楽しいひとときとなるわけではありません。
仮に食事は与えられていたとしても、量や質に問題があって満足感、満腹感が満たされることがないこともあれば、例え食そのものには問題がなくとも、親子間や夫婦間でいさかいが繰り広げられるなど、食事が子どもにとって厳しくつらい時間であることはめずらしくありません。

餓死、偏食、口腔崩壊、孤食…子どもを脅かす、食をめぐる問題

ある身体虐待の事例では、暴力の理由のひとつに食を巡る親のいらだちがありました。被害児は誕生後すぐに施設に入っており、何年かして初めて親元に引き取られましたが、母親は子どもが自分の作った食事を思うように食べないこと、食べるのが遅いことに強い怒りを覚えたのです。親にしてみれば、子どもが自分の作ったものを残すことが自分への拒絶と映り、生活リズムを乱されることに強いいらだちを覚えたのかもしれません。子どもにとっては、親しんだ施設の食事との味やペースのちがいに戸惑い、親の怒りに恐怖する食卓だったことでしょう。

2010年には、母親が3歳と1歳9ヶ月の子ども達を置いたまま家を出て、ふたりを餓死させたいわゆる「大阪2児餓死事件」が多くの人の悲しみと怒りを呼びました。2018年にも、東京で「もうゆるして」という親への手紙を書いていた5歳の女の子が、親からの暴行や食事制限による衰弱による敗血症で死亡しました。これらは極めて例外的な事件ではありますが、給食のない長い休みには飢えないだろうかと先生や支援者に心配されている子どもは日本中にいます。

育ち盛りなのに体重が増えない子、朝にわずかのお金を渡されて昼食や晩ご飯をそれで買って食べている子、お菓子やジュースを食事代わりに与えられ栄養バランスが整っていない子、好きなものしか口にしない極端な偏食になっている子も相当数いると思われます。一方で、安価でもカロリーが高い食品があるため、食の質が貧しいがゆえに肥満していくこともあるのです。
この他、食事の後の歯磨きや歯科治療を受けさせてもらえず、たくさんの虫歯ができる「口腔崩壊」になってしまう場合もあり、そうなると食べられるものに制限が加わり、当然ながら健康へも影響します。

食をめぐる問題の子どもへの精神的、情緒的側面への影響も見逃せません。先に述べたように、食を通した家族の交流は、子どもの育ちの基盤となる時間であり経験です。しかし孤食、個食などといわれる子どもだけの食事が広がっています。その理由には、子どもの部活や塾通いもありますが、貧困や長時間労働などで親の帰宅が遅くなるなど、特に経済的に困窮している家庭の子どもの食と食卓は何らかの意味で脅かされています。

家庭の問題を、社会の視点でみることが改善への手がかりになる

家庭内での子どもの食の危機は見えにくく、いわば潜在化しつつ深刻化していきましたが、ここ数年、子どもの貧困がクローズアップされ、満足に食べられていない子どもがいる、ひとりであるいは子どもだけで食事をしている子ども達がいるという実態が報道され始めました。子どもの飢えという切迫した事態や子どもだけの食事という寂寥たる光景に、多くの人の心は揺さぶられました。
親が子どもに食が与えない状態はネグレクトとして虐待案件になります。しかし同じネグレクトでも、罰などで意図的に食事を抜くケースもあれば、親の能力や病気あるいは貧困などいたしかたない理由で十分な食事が提供できないケースもあります。

子どもの食の問題は、親への怒りをぶつけ、指導や教育を迫るだけでは解決しません。では、どう考えていけば良いのでしょうか。
まずは、家庭だけの問題として捉えず、少し社会的な視点を重ねてみることも必要でしょう。食にとどまらず育児そのものを家庭にのみ任せて良いのか、あるいは背負わせすぎていないのか考える契機になればと思います。

山田 容

やまだ よう

龍谷大学社会学部現代福祉学科教授

同志社大学大学院社会福祉学専攻修了民間企業、短大講師等を経て、2006年より現職【主な活動】・滋賀県内複数の要保護児童対策地域協議会委員・虐待対応支援者へのスーパービジョン・福祉施設、相談機関の職員研修講師