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BUSINESS 2021.06.28 Mog-lab取材スタッフ

龍谷大学大学院農学研究科博士後期課程 初の修了生を輩出。3名の有名料亭料理人は大学院でどんな研究をしたのか?(後編)

20213月、龍谷大学大学院農学研究科の博士後期課程を修了し、博士(食農科学)の学位を取得した3名の料理人。龍谷大学の入澤崇学長と彼らの研究指導を担当した龍谷大学名誉教授 伏木亨先生を交えての座談会が、盛り上がってきました。前半は、それぞれが大学院で行った研究の成果が中心でしたが、後半は大学院在籍時の思い出やウィズコロナの現代に対する思いへと話題が変わりました。その様子をお届けします。

前編はコチラから(https://mog-lab.com/2021/06/-3.html

(今回の座談会に当たり、感染リスクを十分に配慮し対策を講じた上で開催しております。)

 

大学院在籍時の思い出

入澤:龍谷大学大学院に在籍していた中で、心に残る思い出があればぜひご披露いただけませんか。

才木充氏(料理直心坊さいき3代目主人)

才木:伏木先生とお知り合いになってから、12~3年経ちます。京大の研究室時代から足かけ8年くらい一緒に研究させてもらいました。思い出と言ったら色々ありますね。
私が思うのは、素晴らしい先生や仲間に恵まれたこと。
意識して切磋琢磨していたわけではないけど、普段から切磋琢磨していたかもしれません(笑)。学会で研究発表をさせてもらったり、今までやったことがないようなことを経験させてもらったり、そういったことが貴重な経験になりました。結果的に、学位もいただいて…。
今後、僕の料理人人生、人として生きていくにあたっても、ものすごく大事にすべきことだと思います。この関係は、これからも続けていきたいです。

入澤:充実していましたか?

才木:充実しすぎて(笑)。なんでも楽しかったですね。

髙橋:私は、人脈ですね。学会で発表する機会を通じて、私の研究に興味を持たれた方からお声がけいただく機会が増えました。料理にフィードバックできたのはもちろん、新しい知識や仕事につながったのを実感しましたね。
例えば脳科学を研究されている科学者の方とジョイントできたり、ビールメーカーの方とオンラインミーティングでお互いの知識を交換したり、自分が発信することで、新しい人との関わりが生まれることが面白かったですね。

入澤:世界が広がったんですね。

髙橋:そうですね。

入澤崇 龍谷大学学長

入澤:中村さんいかがですか?

中村:僕は、どちらかというと、日に日に追われるというか。えらいところに足を突っ込んだなと思いました(笑)。

一堂:笑

中村:料理人は、自分の料理を広げるために色々勉強します。
例えば、農家の元を訪れて生産者と意見交換したり、料理人同士でディスカッションしたり。色々なところから情報をもらって、引き出しを増やすものだと僕も考えていました。でも、大学では、もっと根源的な部分から、料理を考えることができると思いましたね。博士後期課程のときも、「ここまで来たらやるしかない」と(笑)。

大学の講義では、物事の階層的思考法を学ぶ機会があって、自分が勝負する料理のエリアをしぼる必要を感じました。ええものを作ろうと思った時、目利きはそれができる人に任せて、僕は集まった素材を駆使して美味しいものを作るのが役割だと。あれもこれも手を出すとかえって中途半端なものになると学びました。
今でも印象的なのが、モネの絵に関する講義です。遠くから見たら何を描いているかわかるけど、近づくと点ばかりで何もわからなくなる。その話を聞いたとき、「これは料理に応用できるな」と感じました。口の中に入れたときに、バランスの取れていない味でも、次第に調和してひとつの味になるのが面白い。こういった自分の料理の感性のようなものを磨けたのはありがたかったなと思いますね。

それと、伏木先生は何を見ても「面白い」と言うんです。自分は「どこが面白いねん」と思うこともあるんですけど、先生はどういったところが面白いかをちゃんと説明してくれて、新しい視点を獲得できたと感じています。

入澤:私は、これまで食というものを本気で考えたことがなかったのですが、龍谷大学に農学部ができ、伏木先生と知り合えたことで、本気で考え始めました。
「龍谷大学・NPO法人日本料理アカデミー シンポジウム」の中で「京野菜など身近な食材やあり合わせの食材でいかに美味しくしていくか」とどなたかがおっしゃったときに、「人を育てるのと同じじゃないか」と思ったことが、今でも強く印象に残っています。
料理の世界では素材を生かし調理して美味しいものを作り上げていきます。教育では学生各人の個性や特質を見出して味のある人間を育成していきます。

もう一点が、社会人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが、『野生の思考』という本の中で、「ブリコラージュ」という、要するにあり合わせのもので新しいものをつくるという概念を提示しました。しかし、我々が新しいものをつくるとき、身近にあるものを使ったら新しいものができる、ということに気づかないまま、「ああでもないこうでもない」とないものねだりをしてしまう。でも、クリエイティブな人は、身近にあるものを通常考えもしなかった発想で新しいものをつくりあげています。これは、料理人の方々のお仕事と似ているのではないかと思います。

伏木:料理人さんたちと一緒に研究できたのは、研究者にとってもすごく良かったです。最初は、イチから教えないといけないだろうなと思っていましたが、しばらくすると、私が全然知らないことを彼らが教えてくれる。
それも「常識ですよ」といういたって普通な反応で教えてくれます。彼らは私にとって「情報の宝庫」であると感じるようになりましたね。
普段厨房でしていることが、実は食品科学者にとっては驚きの連続なのだと。長い間、自分の舌や周囲の舌で検証してきたことが、厨房の中にいっぱい蓄積されているのではないのでしょうか。「これはいい人たちと知り合えた」と嬉しくなりました(笑)。

入澤:私は仏教学を専門にしていますが、やはり同じようなことを以前に経験しました。タイのお坊さんが本学に留学してきたとき、タイでお経を読む際に使うパーリ語をその彼に教えるということになりました。その彼が大学院に進学した際、われわれが文献でしか知らない瞑想を実践し、詳しく解説してくれたんです。
理論派のわれわれに、実践派のタイのお坊さんが長年に渡って伝承してきた瞑想のやり方を教えてくれました。そのとき、瞑想のリアルを実感して、私たちの考える仏教は、頭の中で組み立てているものでしかないと如実に知らされました。おそらく、伏木先生が料理人の方々から色々と刺激を受けるのは、こういうことなんだろうなと思います。

伏木:当たり前のように話していたのが、私にとってはすごく刺激的。

入澤:いわゆる純粋な研究と料理人として活躍している方の研究が重なって、新たな化学反応が起きるというのが、農学研究科のひとつの特色になってくれれば嬉しいですね。

新型コロナの今、3人が思うこと

入澤:新型コロナウイルス感染症が世界を変えていく中で、今、皆さんが感じてらっしゃることを、お聞きできますか。

才木:先ほど中村さんが禅寺で修行をしていた際に「お腹が空く」ということが話題に上りました。お腹が空くというのは、飽食の時代でも飢餓状態でも絶対起こることです。だからこそ、空腹の状態でものを食べて幸福感を得るというのは、人間が生きていく上でものすごく必要なことだと思います。
コロナの影響が今後何年続くかわかりませんけど、人が食べ物にどん欲になっていくのは、食が貧しくなればなるほど大きくなっていくはずだと感じています。
僕たちは、お客さんに満足してもらえる料理を作ることが使命であり、それが食文化の発展につながると思います。そのためには、目先のことを追うだけではなく、しっかりとスタンスを描くことが大切です。
人は、たとえ飢餓状態になったとしても、「何を食べても美味しい」という精神状態にはならないと思います。家での食事に飽きてしまって、外食を楽しみにされる方もいらっしゃいます。我々は、お客さんの要望に応えるのが使命。今後も色々なことを勉強して、期待に応えることが一番大事だと思いますね。

髙橋:うちは祖父の代から店をやっています。戦前、戦後を経験して、貧しかった頃や忙しかった時期もありました。祖父がこれまで背負ってきた苦労を考えると、環境に適応さえすれば商売は続けていけますし、戦争に出征しなければいけないこともありません。この時代に売れるものをつくっていけば、それで生きていくことはできるんです。だから、コロナ禍であってもそんなに難しいことではないと考えています。
今は仕事の時間が、以前に比べて朝1時間半ほど早いんです。午前中の出前が多かったり、神社で開かれる披露宴での仕事が多かったりするからです。
京都の人は、環境に対する適応能力が高くて、目の前の状況をある程度受け入れつつ、それに併せて自分のライフスタイルを変化させていくのが得意。加えて、人に迷惑をかけないのが共通の概念です。「自分の店でコロナを出さない」と考える方がほとんどなので、衛生管理は十分守っています。その意識が浸透していけば、新たな仕事も生まれ、やがて新しい基準につながっていくのではないでしょうか。

中村元計氏(一子相伝なかむら6代目主人)

中村:コロナが流行して、これまでやってこなかったことや見向きもしなかったこと、やらなければならないけれど忙しさを理由にやっていなかったことがたくさんあったことに気づいたんです。

髙橋:確かにそうですね。

中村:忙しいと安心するというか、「しんどいしんどい」と言うことに、変に満足感があって。この機会に、今までほったらかしにしていたことを随分整理できました。いま、やるべきことをやらないと、また困るかもしれないです。

コロナが落ちついた頃に、我々がちゃんとしたものを作っていたらお客さんは来てくれるという信念があります。今バタバタしてもどうしようもないから、動くべき時に動けばいいと思います。

入澤:皆さんは、京大の修士課程からのお付き合いですか?

三人:そうです。

伏木:その前に、日本のだしをタイの学生さんに紹介するイベントを4~5年取り組んでいただきました。

才木:最終的にタイには8回行きました。

伏木:カセサート大学の農学部に知り合いがいて、日本語学科と家政学科の学生達に、日本のだしを知ってもらおうと。日本料理に多く使うだしのうま味を共有することで、自国の伝統的な食を大事にする意義や真に豊かな食生活について意見交換することが目的です。そこで、料理人の方に鰹と昆布を使っただしのひき方の実践をお願いしたのがきっかけです。それ以前は、3人はそれほど親しいわけではなかったですよね。

中村:才木さんとは喋ったことないですね(笑)。

髙橋:喋ったことない(笑)。

才木:喋ったことあるでしょう!(笑)

一堂:笑

伏木:タイで2週間ほど行動を共にしたのですが、ある時、私の方から「大学院に入らない?」と声をかけたんです。

入澤:なるほど。

伏木:入学するためには英語の試験があって、一般の受験者の平均点×0.8以上とらないと不合格になってしまう。もう一度大学受験生レベルまで単語を覚え直してもらいました。

三人:ありましたね。

伏木:過去問を渡して、解答を添削しました。3人とも切磋琢磨していましたね。「これで落ちたらかっこ悪い」と(笑)。

中村:切羽詰まってましたね(笑)。

才木:3人が集まったときに伏木先生がおっしゃったんです。「受験せえへんか」と。僕はてっきりみんな断ると。中村さんは絶対断ると思ったんですけど(笑)。まさかみんな受けるとは思わなかった。先生が過去20年の問題集を用意してくれて、私は朝ずっと勉強していました。

伏木:猛勉強でしたね。

髙橋:単語が日常英会話や文系で学んだ単語が全然出てこなくて「なんやこれは!」と(笑)。

伏木:植物学とか農業とか。

入澤:皆さん一緒に合格できて何よりです。「日本料理を世界に」というので、研究レベルで外国の方も…。

伏木:向こうの料理人たちに話を聞くと、彼らも日本料理にすごい興味を持っているわけです。日本のだしが美味しいかというと、鰹や昆布はそれ程人気ないんですね。彼らは彼らの独特の香りがするものを好んでいて…。

髙橋:鰻の棒寿司ですね。

伏木:あれは、みんな「美味しい」と言ってましたね。昆布は嫌いだったかな。一方で私たちは彼らの食べるものが好きで、食事は楽しみでしたね。

才木:楽しかったですね。教えることもあり、新しい食体験もあって。やっぱり楽しくないと続かないです。

入澤:東南アジアやインドは本当に食べるのが楽しみ。

伏木:我々もタイをベースに、ベトナムやカンボジアにも行きましたが、みんな日本料理を美味しいと言っていました。ニーズはあります。

入澤:日本料理の専門の方であっても、海外で新しい食の発見があるんですね。それを、どんどん発信していただきたいです。
食はあまりにも日常に近いので、研究対象にしようという発想をなかなか持ち得ないと思うんです。ところが、その世界の面白さ、楽しさを知ると「こういう世界もあるのか」という気持ちになって、食を学びたいという学生も増えると思います。
本日は、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

座談会終了後に記念撮影