ここ数年、恒例のように発生する「数十年に一度の異常気象」。主な原因は、急速に進む地球温暖化だと考えられています。
地球温暖化をもたらす温室効果ガスを削減するために、世界中で様々な取り組みが進められていますが、日本でもとてもユニークで挑戦的なプロジェクトが始まっています。
それが今回ご紹介する「微生物で温室効果ガスを削減する」という試み。微生物と地球温暖化…いったいどのような関係があるのでしょうか?
地球温暖化は、温室効果を持つガスが大気中に過剰に蓄積することで起きるとされています。温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(NO2)などがあり、産業革命以降に急激に増加しました。
たとえば、二酸化炭素は、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料を、ヒトが大量に利用(燃焼)したことで増加しました。さらに、二酸化炭素を吸収する森林は、ヒトが乱開発を進めたため数多く失われてきました。
このような「ヒトによる活動」が、二酸化炭素の排出・吸収サイクルの収支バランスを壊し、大気中の温室効果ガスの濃度を上昇させていったのです。
「ヒトによる活動」によって引き起こされる、温室効果ガス増加の要因として無視できないのが「農業」です。
二酸化炭素と比較して、その温室効果ガスがどれくらい温暖化に影響するかを表した「地球温暖化係数」によると、二酸化炭素の300倍の温室効果があり、オゾン層の破壊にも大きく関わるのが一酸化二窒素です。
そして、この一酸化二窒素の人為的な放出量のうち半分以上が農業由来だというのです(引用1)。
現代農業ではさまざまな肥料の利用は欠かせませんが、なかでも植物の生育に欠かせない「窒素肥料」は、畑や草地などに投入されると、土壌中に存在する微生物の働きによって代謝され、一酸化二窒素として大気中に放出されます。
世界レベルで考えると、増え続ける人口を支えるため、農作物の増産は避けることができません。それはつまり、農地面積の拡大や、積極的な「窒素肥料」の投入を意味します。
加えて、化学窒素肥料の生産に用いられる「ハーバーボッシュ法」は、化石燃料を用いるため、二酸化炭素増加にも繋がっています。
二酸化炭素の25倍程度の「地球温暖化係数」を示すメタンも、水田土壌中のメタン生成菌によって生産され、大気に放出されることが知られており、人為的排出量のうち1割弱が水田由来と見積もられています(引用2)。
特に人口増加が激しいアジアモンスーン地域で稲作が盛んなことから、こちらもさらなる悪化が懸念されます。
大気中の二酸化炭素削減のためのキーワードは「省エネ」です。
一人一人が過剰な電気の使用を控える、より電気効率の良い製品の利用に切り替えるなど、塵も積もれば山となります。また、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーへの代替も注目されます。
一方で、ヒトの食を支える重要な基幹産業である農業は、電気のように単純に「削減」したり、「代替物」に変更したりは出来ません。かといって、現状を放置しておくこともできないでしょう。
そこで、農作物の収量は減らさないようにしつつも、農地土壌からの温室効果ガスを削減する方法を考える必要がありました。
マメ科植物の根に根粒という構造をつくって共生する「根粒菌(こんりゅうきん)」という微生物は、大気中の窒素を植物が栄養にしやすく変換する働きを持ち、そのため農業現場では、緑肥としてよく用いられています。
この根粒菌のある種類は、大気中の一酸化二窒素を窒素に変換する能力も持っています。この能力を強化した根粒菌を使って、農地から一酸化二窒素排出を抑制できることを、東北大や農研機構の研究グループが中心となって見出しました(引用3)。
このように、土壌微生物の働きをうまく利用することで、農作物生産を省エネせずに温室効果ガスを削減することが可能になりそうです。
一口に「土壌微生物をうまく利用する」と言ってもそう簡単ではありません。
ある農場で有用だった微生物も、違う農場では全く効果を発揮しなくなるようなことが頻繁に起きてしまいます。
土壌のことは、よくわかっていないことばかりです。鉱物と有機物、生物などの混合物とされていますが、そのバリエーションは無数です。さらに、大小様々な空間があったり、水分があったりなかったり、温度も周辺環境次第と、とても複雑で多様性に富んでいます。
農業に適した土とはどういった性質を持っているのか、これまで主に物理的、化学的側面からの研究が進められてきました。
近年では生物的側面からの研究も盛んに行われるようになり、その結果、特に植物の根の周りには、「根圏微生物叢(こんけんびせいぶつそう)」と呼ばれる、特定の微生物集団からなる生態系のようなものが形作られていることが明らかにされてきました。
各微生物はその生態系の複雑なネットワークの中で共存しており、ある有用微生物がその土壌で有用性を発揮する理由も、他所から持ってきた有用微生物が新たな土壌で有用性を発揮できない理由も、その生態系内での相互作用が理由だと考えられるようになってきたのです。
有用土壌微生物には、成長促進や病害抑制など植物に良い影響を与えるものも多数知られています。このような有用微生物の有効利用への道がようやく拓かれつつありますが、どうやってその複雑な生態系を作り出すことができるのかはまだよく分かっていません。
また、根圏微生物叢を構成する各微生物はどのようにして植物の根を見つけて集まってくるのか、土壌や植物根のどこかに特定の棲家があるのかどうか、微生物や植物、土壌(鉱物)の間に相性のようなものがあるのかなど、まだまだ分からないことばかりです。
人類を月へ送ったような、これまでにない大胆な発想に基づく挑戦的な研究を推進する「ムーンショット型研究開発制度」。2018年度に、内閣府総合科学技術・イノベーション会議により創設され、2020年度より研究活動が開始されています(引用4)。
この制度では、「地球温暖化」や「超高齢化社会」など、将来までに解決すべき大きな課題に対していくつかの達成目標が立てられ、それぞれの目標において挑戦的な研究開発を行う研究グループが選定されています。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の担当するムーンショット目標4では、「地球温暖化」防止に向けての一研究課題として、前述の東北大・農研機構グループを中心に行う「土壌生態系」に着目したプロジェクトが選ばれています(引用5)。
『土−植物−微生物からなる土壌生態系のしくみをより深く理解することで、一酸化二窒素やメタンなどの農業由来の温室効果ガスを無害化する能力の高い「地球温暖化ガス資源化土壌」をデザインし、温室効果ガスを大幅削減する』という野心的な目標を掲げたこのプロジェクトでは、その達成に向けて、土壌、微生物、植物など多岐にわたる異分野の研究者がかつてない規模で集結しており、龍谷大学からも2研究室がこのプロジェクトに参画しています(引用6)。
農作物が根付く土壌という空間は、身近でありつつも、まるで宇宙のような未知の世界です。まさに、その土壌という宇宙に向けての「ムーンショット」とも言えるこのプロジェクトは、ただ「持続可能」なだけでなく、地球温暖化抑制にもつながる画期的な新しい農業を我々にもたらすかもしれません。
研究室での日々の小さな研究の一つ一つがそういう大きな夢の実現につながっているのです。
引用
1)Tian et al. A comprehensive quantification of global nitrous oxide sources and sinks. Nature 586, 248–256 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2780-0
2)Saunois, et al. The Global Methane Budget 2000–2017, Earth Syst. Sci. Data, 12, 1561–1623, 2020, https://doi.org/10.5194/essd-12-1561-2020
3)Itakura et al. Mitigation of nitrous oxide emissions from soils by Bradyrhizobium japonicum inoculation. Nature Clim Change 3, 208–212 (2013). https://doi.org/10.1038/nclimate1734
4)https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html
5)https://www.nedo.go.jp/content/100923465.pdf
6)https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-8075.html