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TRIVIA 2019.05.10 竹内 真彦

〈三国志〉とは何か?

〈三国志〉という「存在」は、日本でもよく知られている。中国の歴史(の一部)だということで、高校の世界史で、曹操や劉備といった人名を見た覚えがある人も多いだろう。また、熱心なマニアが多い「ジャンル」でもあり、「少し近づきがたい」という印象を持たれているかも知れない。

もちろん、そんなに怖がることはない。けれども「〈三国志〉とは何ですか?」というシンプルな問いに答えるのは、案外難しい。というのも、〈三国志〉という存在は、1つではなく2つの書物によって成り立っているからだ。

1つは3世紀末頃に成立した歴史書の『三国志』。3世紀末と言ってもピンと来ない方も多いだろうが、日本史で言えば邪馬台国の存在した時代に近い。というより、邪馬台国の記録として知られる『魏志倭人伝』は、歴史書『三国志』の(ごく)一部なのである。

もう1つは歴史書『三国志』の成立から千年以上経過してから成立した歴史小説『三国志演義』。実のところ、後述するように、〈三国志〉として知られる物語は、こちらの書物をベースにしている。

1) 歴史書としての『三国志』

龍谷大学図書館所蔵 『魏志』(『三国志』魏書)第1冊 明・万暦28年(1600)刊

〈三国志〉は、元来は歴史書の名であった。「三国」は魏(西暦220成立-265滅亡)、蜀(221成立-263滅亡)、呉(222成立-280滅亡)を指し、「志」は「誌」で、「記録する/記録」程度の意味。

『三国志』とは言うが、三国が存在していた時代だけを扱うわけではなく、三国が建国されてゆく時代についても記している。西暦で言えば2世紀の終わりから3世紀の終わりまでを扱う歴史書といえる。

全65巻。魏について記した「魏書」(30巻)、蜀について記した「蜀書」(15巻)、呉について記した「呉書」(20巻)から成る。ちなみに『魏志倭人伝』は、「魏書」の第30巻「烏丸(「からすま」ではなく「うがん」)鮮卑東夷伝」に含まれる。

前述したように成立は3世紀末頃とされる。三国のうち、最後まで存在していた呉が滅亡して20年ほど後には成立していたわけであり、ほぼ同時代史と言える。史料的価値は当然高い。

その一方で、歴史書『三国志』は「読みにくい」本でもある。何故かと言えば、我々が歴史の本と聞いて真っ先に思い浮かべるような、年代順に事件を並べる……という形ではないから。『三国志』は中国の伝統的な歴史書記述のスタイルの一つである「紀伝体」で書かれている。これは簡単に言ってしまえば、個人の伝記の集合体というべきスタイルである。

この「紀伝体」というスタイルは、その時代を網羅的に記すために作り出されたスタイルと言ってよい。歴史書としては多くの長所を持っているが、短所もある。その1つに、「通読が難しい」ことが挙げられる。

ややイメージし難いかも知れないので、人物の伝記の配置を例に採ろう。全65巻中において、物語の主人公とされることの多い劉備(西暦161-223)の伝記は第32巻、諸葛孔明(181-234)の伝記は第35巻、三国の1つである魏の実質的な建国者である曹操(155-220)の伝記が第1巻、やはり三国の1つ、呉の初代皇帝である孫権(182-252)の伝記は第47巻に配置される。劉備と曹操、諸葛孔明と孫権はほぼ同世代だが、伝記のある場所は離れているわけで、これだけでも普通の本のように「頭から尻尾に向かって読めばOK」というわけではないのが判る。

また、伝記の集合体なので、例えばある戦いに複数の人物がかかわっていれば、その戦いについての記述は、複数の伝記にまたがる。つまり『三国志』の中の様々な箇所に散らばって現れることになる。それゆえ、その戦いの全体像をつかもうと思えば、バラバラになっている記述を拾い出す必要があり、これは面倒くさいと言えば面倒くさい(しかも、記述に矛盾があったりする)。

しかし、ひっくり返していえば歴史書『三国志』は、「何度も繰り返して読んでこそ真価がわかる」書物だと言え、大袈裟に言えば、一生楽しめる。

2) 歴史小説としての『三国志演義』

歴史書『三国志』と区別するために、『三国志演義』と称すが、実はこの小説の方も『三国志』と言うことの方が多いかも知れない(例えば岩波文庫『完訳三国志』はこの小説の翻訳であるし、吉川英治『三国志』も、遡れば、この小説が主たる元ネタ)。

龍谷大学図書館所蔵 『図像三国志演義』繡像(左は劉備) 清・光緒22年(1896)刊

遅くとも16世紀前半までに成立。これは、歴史書『三国志』が成立してから1000年以上後のことであり、しかも「小説」であるから史料的価値は皆無に等しい。

しかし、現在、知られている「三国志」の物語は、その元ネタの多くがこの小説から取られている。これには様々な要因があるが、歴史書『三国志』とは違い、年代順に記述されていることが大きい。つまり、こちらは「頭から尻尾に向かって読めばOK」なのであり、物語の全体像がつかみやすい。

龍谷大学図書館所蔵 『絵本通俗三国志』初編巻之一 葛飾戴斗図画(右が関羽、左が張飛) 天保年間(1831-45)刊

また、歴史小説『三国志演義』には歴史書『三国志』には載っていないエピソードが数多く存在するが、これは、そのエピソードが『三国志演義』成立の段階で創作されたことを意味していない。歴史書『三国志』が成立した後、歴史小説『三国志演義』に至る1000年以上の時間の中で、中国では様々な形(詩、演劇、講談など)で三国志物語が生み出され、語られてきた。『三国志演義』はその「語られてきた物語」を受け止めて成立したものであり、中国人の「三国志に対する思い」の集大成と言える存在なのである。

龍谷大学図書館所蔵 『絵本通俗三国志』三編巻之一 葛飾戴斗図画(右が諸葛孔明、左が周瑜) 天保年間(1831-45)刊

というわけで、1つの結論に辿り着く。

〈三国志〉を楽しむならば、まず小説から。そこで物語の大枠をつかんでから、歴史書に進む。当然のことながら、小説と歴史書には数多くの違いがある。しかし、小説を「虚構」、歴史書を「真実」と単純にとらえないで欲しい。ともに〈三国志〉にとってなくてはならぬ存在なのだから。

次回以降、歴史書『三国志』と歴史小説『三国志演義』に記された、「食」にまつわるエピソードを紹介してゆきたい。

竹内 真彦

たけうち まさひこ

龍谷大学経済学部教授

静岡県生まれ。博士(学術)。中国古典小説研究会会長。三国志学会評議員(事務局担当)。専門は中国文学。特に『三国志演義』成立史に関する研究。