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家畜感染症と経済
  • BUSINESS
  • 2019.08.09

家畜感染症と経済

9月に国内で豚コレラの発生が確認されました。豚コレラは人には感染しませんが、豚やイノシシにとっては伝染力と致死性が高い病気です。豚コレラウイルスは豚肉や加工製品にも長期間残存する可能性があるため、人に感染しない病気であっても、同じ施設で飼われていた豚は肉にされることなくすべて殺処分されるなど、徹底的な防疫対策がとられています。

被災地応援に“ワクチン肉”需要傾向

豚の殺処分で思い出されるのが、2010年に宮崎県で発生した口蹄疫です。この病気も、人への感染が問題になることはありません。しかし、生産性(体重を増やすためにかかる時間など)への影響が大きく、また極めて伝染力が強いという特徴があります。この時も消毒や移動制限など迅速な防疫措置が徹底されましたが、感染の拡大をなかなか食い止めることができませんでした。発生農場が集中した地域では健康な牛・豚にも口蹄疫ワクチンを接種して、最終的にはその牛・豚を全て殺処分しました。これは、ワクチンによって新たな感染やウイルスの排泄を抑えている間に発生地域周辺に家畜の空白地帯を作り出し、ウイルスを封じ込めようとする措置です。2010年の口蹄疫では約29万頭の家畜が殺処分されましたが、このうち約8万頭は発生農場ではなく、ワクチンを接種したために殺処分されたものでした(発生農場でワクチン接種された家畜を合わせると、約12万5千頭にワクチンが接種されました)。

これだけの規模の殺処分になると、埋却地の環境問題や家畜福祉の問題も懸念されます。家畜の移動によって新たな感染リスクを生じさせることは厳に慎まなければなりませんが、せめて健康なままワクチン接種されただけの牛・豚を食用に供することはできないのでしょうか。
「そんなもの売れるわけがない」と思うかもしれません。しかし、東日本大震災後にみられたように、被災地を応援するための消費ということも考えられます。

安全なら消費者は冷静

筆者は、白井淳資東京農工大大学院教授と故細野ひろみ東京大大学院准教授(当時)との共同研究で、この口蹄疫ワクチン接種済み畜産品に対する消費者の評価を計測しました。口蹄疫ワクチン接種済みの畜産品は日本に実際には存在しません。そこで現実にはないものの価値を測る方法として選択実験という方法を用いました。北海道から南九州までの六つの地域に居住するモニターに対してインターネット調査によってデータを収集しました。

その結果からは、口蹄疫ワクチンを接種した牛や豚の肉に対する評価はそうでない肉と比較して低下することが示されました。支払い意志額の差は牛肉で100グラムあたり146円、豚肉で同じく100グラムあたり87円でした。

しかし、アンケートで被災地を応援するためならワクチン接種済みの畜産物を食べてもよいと答えた回答者では、これらの評価は回復しました。さらに、ワクチン接種済みの畜産物であっても検査をして未感染であることが確認されれば、その受容度はさらに高まることが示されました(表)。

細野・山口・白井(2013)「口蹄疫ワクチン接種済み畜産物に対する消費者評価」、農業経営研究51(1)より

家畜感染症が発生した場合、食べて解決しようといった対応が検討されることは実際にはありません。しかし、この研究結果は、食品安全上の問題ではないということが理解されれば、意外にも消費者は冷静に行動するということを示しているのではないでしょうか。

出典:2018年10月10日(水) 京都新聞

山口 道利

山口 道利

やまぐち みちとし

龍谷大学農学部講師

博士(農学)。2005年京都大学大学院農学研究科研究指導認定退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、京都大学大学院薬学研究科特定助教を経て、2015年より現職。著書:「家畜感染症の経済分析」(昭和堂)。2015年度地域農林経済学会賞受賞。専門は、フードシステム学、農業経済学。