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立ち呑み屋店主 『食』を読む。 〜七食目〜

西谷 将嗣

レボリューションブックス 店主

立ち呑み屋店主 『食』を読む。 〜七食目〜

西谷 将嗣

レボリューションブックス 店主

七食目

『りょうりをしてはいけないなべ』シゲタサヤカ(講談社)

荒唐無稽という言葉がある。

根拠がないことや現実性がないこと、つまりは出鱈目という意味なのだが、SFやファンタジーにおいてこの現実と非現実のさじ加減というのはとても大切である。
非現実一辺倒では荒唐無稽で小説の体を成さなくなるが、現実一辺倒ではSFでもファンタジーでもなくなってしまう。

それ故、小説にしろ映画にしろ、この現実と非現実のバランスは作品の出来を大きく左右する事になる。しかし、それ以上のこのさじ加減が難しいのがファンタジーや空想的内容をテーマとする絵本なのではないだろうか。

絵本の主な読者である幼い子供たちの世界は、我々大人と比べ現実と非現実の境界がより曖昧である。現実と非現実というのは光と影のようなもので、現実があるからこそ非現実もあるのだとすれば、幼い子供たちを相手に虚実入り混じる物語を作るというのは生半可なことではないだろう(少なくとも私には無理です)。

今回紹介する『りょうりをしてはいけないなべ』は、食べ物を題材にした作品を多く手掛ける人気絵本作家、シゲタサヤカ氏の作品で、私の店にもシゲタ氏のファンは多い。

シゲタ氏の作品の魅力のひとつが、先述した現実と非現実のバランスである。
描かれるキャラクターや物語はれっきとしたファンタジーなのだが、身の回りで起こりそうな、むしろ起こって欲しいと思わせるような作品が多く、その作風には小説のハリーポッターや漫画のドラえもんなど国民的人気を博す作品に通ずるものがある。

ハリーポッターやドラえもんが幅広い層から人気を得た一因は、現実と非現実のバランスの絶妙さにあるのではなかろうか。現実のなかにバランス良く織り交ぜられた非現実が読む者の想像力を刺激し、子供たちにとっては物語を超えて、自分の身にも同じことが起こるかもしれないと思わせる魅力がある。

シゲタ氏の絵本も同様に、日常の風景のなかに織り交ぜられた非現実が、遠い世界ではないどこか身近な世界での出来事のように感じさせてくれる。

『りょうりをしてはいけないなべ』は、ある洋食店のコックが買ってきた、顔のついた鍋が巻き起こす騒動を描いた物語で、笑い上戸で好き嫌いの多い鍋が料理中に大笑いし中身を吹き出してしまったり、嫌いな食材を吐き出して料理を台無しにしてしまい、怒った料理長に料理をする事を禁じられてしまうという物語なのだが、この物語に登場する鍋以外にもシゲタ氏の作品には、食材をつまみ食いしてどんどん大きくなってしまうまな板や、コックの秘密を暴露するコック帽など、ひねくれ者ながらもとぼけた印象で憎みきれないキャラクターがたくさん登場する。

これらのキャラクターの印象はシゲタ氏の絵柄によるところが大きく、これは氏の作品のもう一つの大きな魅力でもある。
柔らかで暖かく、高い密度で丁寧に書き込まれた絵は親しみやすく、ひねくれ者のキャラクター達がどこか可愛らしく憎めない印象になるのはそのせいもあるだろう。また絵の密度が高い絵本は読むたびに新しい発見があり、物語そのものとは全く別の楽しみ方をする事ができる。

特にシゲタ氏の描く食べ物や料理の絵はとても美味しそうで、私などは「これは何の料理かしら?」「おや、こんなところにこんな食材が」などと心の中で呟きながら読んでいるが、氏の絵に関しては、以前に別の作品についてのインタビュー記事で「つぶ貝のお寿司が美味しそうでなかったために描き直した」という旨のことを語っていたのを読んで大変驚いた。
なぜなら、絵本作家がつぶ貝が美味しそうに見えないからといって、絵を描き直すとは思ってもいなかったからだ。

つぶ貝のお寿司、このキーワードから絵本を思い浮かべる人がいるだろうか。私はこのエピソードから、シゲタ氏自身の食べ物への、そしてそれを絵に表すことへの深い愛情にも似た情熱を感じると共に、こういう人物の描く作品は間違いないと、その時、確信した。

絵本に限らず映画や漫画など、子供から大人まで幅広い年代の人間が揃って楽しめるコンテンツというものは確かにあるが、絵本や映画、漫画であれば、すなわちそれに当てはまるという訳ではない。
シゲタ氏の描く絵本は子供と大人がそれぞれの目線で一緒に楽しむことができ、子供達にとってはその記憶と共に、大人になってからも心に残り続ける一冊になるのではないだろうか。

最後にシゲタサヤカ氏の作品を含む、私のお勧めの絵本(もちろん食をテーマとした)を5冊紹介して終わりにしたい。

『まないたにりょうりをあげないこと』(講談社)
『いくらなんでもいくらくん』(イースト・プレス)
『たべものやさん しりとりたいかいかいさいします』(白泉社)
(以上、全てシゲタサヤカ著)
『じごくのラーメンや』(刈田澄子著・西村繁男絵/教育画劇)
『うどん対ラーメン』(田中六大著/講談社)

過分に個人の好みが入っているが、いずれも親子が揃って楽しむ事ができる秀作揃いである。

撮影/伊藤 信  構成/吉田 志帆