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二十食目

『パンどろぼう』

柴田ケイコ著(KADOKAWA)

一言に児童文学と言っても、その内容は様々である。

大人は児童書の類を、つい自分たちが読んでいるモノと比べて単純なものだと考えがちだが、大人の読むものがそうである様に子どもたちのための作品にも様々な幅がある。

また子どもたちの中にも、読書の習慣があり読むことが好きな子もいればそうでない子もいるのだから、そんな彼ら彼女らための本が一括りにできるはずはない。
その辺りのことを忘れて、子どもたちに「名作とよばれるモノ」や「偉人の伝記」、「何か示唆に富むような(大人がそう期待する)モノ」を不用意に押し付けてしまうと、思わぬところで読書嫌いの子どもたちを生んでしまうことにもなりかねない。

実際、私も子どもの頃は読書があまり好きではなく、自分で選ぶ本は漫画チックな挿絵や、空想に富んだ内容のものばかりだった(親からはビクトル・ユーゴーの『ああ無情』などを買い与えられていた)。

児童書は子どもたちの読むことへの興味の度合いによって選ぶべきであって、決して「ためになる本」を一方的に与えれば良いわけではないだろう。そもそも子どもたちにとっては、どんな本であれ「読むこと」そのものがためになるのだから。

今回紹介する『パンどろぼう』は、そんな子どもたちの「読むこと」への入り口になってくれる素敵な絵本だと言える。著者の柴田ケイコはイラストレーターとして活躍する一方、数々の作品を発表してきた絵本作家であり、ここ数年は、食いしん坊のしろくまが主人公の「しろくまシリーズ」で人気を博している。

親しみやすく可愛らしい絵柄は、それだけでも手にとって読んでみたいと思わせるが、その中でも特に目を引くのは、遊び心のある少しとぼけたキャラクターだ。
柴田のこれまでの作品からいくつか挙げてみると、街の中で暮らす猫を電車に見立てた「でんにゃ」、眼鏡店を営む猫が主人公の「めがねこ」、噛みついたものを猫にしてしまうお化けが主人公の「おにゃけ」など、大人も一緒に楽しめるキャラクターが数多く登場する。

キャラクターは作品の大きな魅力になる一方で、強く印象に残る児童書のキャラクターというのはさほど多くない。最も有名なものは多分、「アンパンマン」だが、それ以外となると案外思いつかないのではないだろうか。
その点においても、芝田は今作で非常に魅力的で印象に残るキャラクターを生み出すことに成功している。パンが大好きで世界中のパン屋から美味しいパンを盗んでは食べている「パンどろぼう」が主役のこの物語で、何よりもまず目を惹くのは主人公「パンどろぼう」のヴィジュアルだろう。

私がこの絵本を知ったのも、選書の際に表紙に一目惚れをしたことがキッカケとなっている。私が児童書を選ぶ時のポイントは、タイトルに遊び心が感じられるかどうかと表紙に描かれたキャラクターが印象的であるかどうかで、その点においてこの本は百点満点であった。

レコードで言うところのジャケ買い(ジャケット買いの略・内容ではなくジャケットの見た目で選ぶこと)と言われるものと同じで、もちろん届いた本を開いてみると期待通りではなくガッカリするということもままある。一方で届いたものが内容も含めて期待通りであった時は、なんとも言えず嬉しい気持ちになるのだ。
『パンどろぼう』については、内容もこちらの期待を十二分に上回るもので、久しぶりに納得のいく仕入れができたと得心したのを覚えている。

事実、この作品は、2020年4月の出版以来、瞬く間に人気を博し、今年の1月には続編にあたる『パンどろぼうvsにせパンどろぼう』が刊行され、現在では様々なグッズも発売されている。
もちろんキャラクターが可愛ければ本が売れるのかというと、決してそうではない。アンパンマンしかり、漫画のドラえもんしかり、愛らしく読者の印象に残るキャラクターと共に、作者のストーリーテラーとしての実力が伴わねば人気の作品になることはないだろう。

今作の著者もまた同様に、ストーリーテラーとしての実力を備えた絵本作家だと言える。
絵本はシンプルなストーリー構成のものが多いので、深く立ち入って紹介することができないが、この物語はパンどろぼうが森の中で美味しそうなパン屋を見つけるところから始まる。

いつも通りパンを盗み、家に持ち帰ったパンどろぼうが食べたパンの味は?
そのパンを食べたパンどろぼうの取った行動は?
そして、パンどろぼうの正体とは?

シンプルながら読み進めるごとにクスクスと笑ってしまうストーリー展開から、著者の優しさが溢れる物語の結末まで、バランスのとれた名著と言える。私は手に入る限り、店の書棚に置き続けると決めている絵本が幾つかあるのだが、久しぶりにそこに新しい一冊が加わったことを嬉しく思う。

余談になるが、この本のことを友人に話した時、その友人が一番に言ったのは「パンが好きやのに、買わずに盗むんや」であった。私はその言葉を「なるほど確かに」と眼から鱗が落ちる思いで聞いていたのだが、実はこの本の結末がその言葉を解決するものであることを最後に付け加えておきたい。

写真/伊藤 信  企画・編集/吉田 志帆