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絵本と食べ物のおはなし①『ひとまねこざる』-外国の文化を日本の子どもたちにどう伝える?-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本と食べ物のおはなし①『ひとまねこざる』-外国の文化を日本の子どもたちにどう伝える?-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。

 

<書籍データ>初版1954年、大型絵本1983年
ひとまねこざる
文・絵:H.A.レイ
訳:光吉夏弥
出版社:岩波書店

 

<あらすじ>

さるのジョージは、とっても知りたがりや。ある日、動物園から逃げ出し、バスの背に乗って街中へとやってきました。レストランの店長さんからビルのガラスふきの仕事を紹介してもらったけれど、窓の中の様子が知りたくてたまらないジョージはあるとんでもない行動に。他にも、階段から飛び降りてケガをしたり、エーテルを嗅いで倒れてしまったり…と、いたずら好きなジョージの行動に、子どもも大人も魅入られていきます。

世界中で愛される「おさるのジョージ」

今回ご紹介するのは、私が絵本研究の道に進むきっかけとなった『ひとまねこざる』です。学生たちにこの絵本の話をしたら、「絵本のことは知らないがアニメの『おさるのジョージ』なら知っている」という反応が返ってきて、時代の流れを感じます。
作者のH.A.レイが亡くなったあと、この作品を原案に制作されたのがアニメの『おさるのジョージ』です。今や世界中で愛されるキャラクターのひとりで、私も子育て中にこの絵本を読み聞かせたとき、子どもが夢中になっていたことを覚えています。

「スパゲティ」が「うどん」に?

ジョージが起こしたトラブルのひとつに、レストランで大量のスパゲティを体にまきつけながら食べてしまうというエピソードがあります。『ひとまねこざる』が日本で出版されたのは1954年(昭和29)のことですが、当時の日本ではスパゲティは一般的な食べ物ではありませんでした。
岩波書店の絵本シリーズ<岩波の子どもの本>の当時の編集者であった鳥越信氏によると、編集者たちはスパゲティを何に置き換えれば、日本の子どもたちにわかってもらえるだろうかと頭を悩ませたそうです。そこで、日本の食べ物である「うどん」か「そば」にしようとなったものの、今度は編集者たちの間でどちらにすべきか大議論が巻き起こったそうです。結果的に「うどん」に落ち着いたようです。

文化を越えて、魅力を伝える工夫

まだ海外の文化が日本に浸透していない戦後から高度成長期にかけての間、絵本の翻訳者や編集者は、「日本の文化にないものをどう翻訳すればよいか」という苦しみを抱えていました。『ひとまねこざる』と同時期に翻訳された『ちびくろ・さんぼ』にはトラが木の回りをぐるぐると回ってバターになるというエピソードがありますが、当時はバターがまだポピュラーな食べ物ではなかったため、色や形状が似ている白味噌にしようと編集者たちが議論したという話を聞いた記憶があります。

また、最初の翻訳本は「右開きの縦書き」でした。
絵本は絵と文字がセットで構成されていますので、「左開きの横書き」の英語原著の絵本は、左から右へ流れるように絵も描かれています。その流れを反転する際に、違和感が生じてしまったのか、当時の翻訳本は絵も反転されていたり、構成や絵自体にも少し手が加えられていました。日本の子どもたちに、絵本の魅力を伝えるために、編集者はとても真剣に考えて、苦労されてきたのだと思います。

1983(昭和58)年、『ひとまねこざる』は、日本語の横書きが一般的になった背景と、海外絵本の原書通りの出版が主流になってきたため、これまで日本の絵本で主流だった縦書きから横書きへと改訂されることとなり、この時うどんはスパゲティに戻されました。
日本語版の初版から約30年経ち、ジョージが夢中で食べたのがうどんではなくスパゲティだったことが日本の子どもたちにも理解されるようになったのです。