TOP / Business / ノーベル賞に「かすった」話

毎年、ノーベル賞が騒がれる頃になると、父母が電話連絡してきます。「お前はまだ受賞しないのか」がお決まりの挨拶です。今年はその際に、これまでの研究とちょっとかすったものが受賞したことを話せました。

2021年のノーベル医学生理学賞は、10月5日にアメリカのDavid Julius博士の「温度感受性の研究」とArdem Patapoutian博士の「圧力センサーの研究」に贈られました。ともに、細胞膜上に存在する環境を感知する膜タンパク質の発見が主たる受賞理由です。Julius博士の動物における研究は1997年から2000年にかけて精力的になされ、それ以降、大きな広がりを持って世界中で研究されています。かくいう私も、2007年から植物での温度感受性の研究を始め、研究開始当初に動物での先行研究例を調査する際に、彼らの一連の論文に行きあたり、そのあまりの面白さに興奮しました。あのときに感じた彼らの研究の面白さは、文字通りノーベル賞クラスだったのだと、今は納得しています。ここでは彼らの研究を示しつつ、自分の研究の試みについて、簡単に説明したいと思います。

「自分らしい研究を探して」

前職の広島大学に着任後、その研究室を主催されていた教授に、「あなたらしい研究テーマを探してください」と言われました。「ただし、研究材料はシロイヌナズナで」という条件付きでした。その当時、シロイヌナズナは、植物分子生物学者なら誰でも使っている一般的なモデル実験植物で、研究材料としての真新しさはありません。共通の条件で育てればどこでも一定の成長を示すことがモデル生物の必須の性質で、シロイヌナズナの場合には、「21℃の一定の温度条件で、一定光量の蛍光灯の下で栽培する」という栽培方法が流布していました。

考えること3年、野外でシロイヌナズナに似た植物を見つけました。そこに温度センサーを置いてみると、驚いたことに(そして当たり前のことに)、日中は暖かく、朝方に寒くなりました。つまり、1日を通じて12℃くらいの幅の温度変化の中で生きていることが実感できました。実験条件下では22℃の一定に設定する温度条件が、実際にはそれを挟んで6℃ほど上下することを意味します。この6℃の温度変化を感じているだろうかと疑問に思い、まずは、これらの範囲で生育温度を固定してみることにしました。

驚いたことに、通常の22℃から6℃高い28℃や、あるいは6℃低い16℃で栽培すると、植物の形態が随分と変化し、温度が上昇するにつれ、葉柄や胚軸が伸びたのです。これは、生育温度に応じて、形を変えることを意味しています。「生育温度を変えるとシロイヌナズナは全く異なる応答を示す」ということがわかり、それまでの研究者が見落としている研究テーマが探せそうな気がしました。

「動物での先行研究を調べる」

植物の形態が温度に応じて変わるのを目の当たりにして、私は、二つのことを考えました。一つは、この形の変化が、ちゃんと温度変化を感じて何か必要に応じて必要な分だけ伸びているのか、それとも温度が高いと細胞膜が緩むなどして、意図せずに伸びてしまったのか、どちらだろうという疑問です。もう一つは、こうした温度変化は、動物などですでに明らかにされていないだろうか、という疑問です。まずは、後者の先行論文調査を行いました。

温度変化に気がついたのが2007年10月10日のことでした。遡ること10年前に発表された、冒頭で紹介したJulius博士の論文に行き当たりました。この論文こそ、ノーベル賞の受賞理由に挙げられた論文です。「熱さ」を感じるセンサータンパク質を探すために、トウガラシの辛味成分「カプサイシン」を用い、熱さセンサーTRPV1を発見していました。熱さを感じられないマウスはカプサイシンにも応答しません。トウガラシを食べたときに辛いと英語で表現する「Hot!」は文字通り、「熱さ」センサーへの働きかけだったのです。

「変異体を調べる。そして競争に負ける。」

動物の場合には、温度で応答するカルシウム輸送タンパク質を調査すると同時に、高温を感じられない変異体を探し、どこの遺伝子が壊れているかの調査から温度を感知するメカニズムに迫っていました。

「高温を感じられない変異体を探す」ことを基本とする研究アプローチは遺伝学からのアプローチです。シロイヌナズナはこれに適した研究材料なので、植物における高温を感じられない変異体探しを行ないました。うまく探し出すことに成功し、原因となる遺伝子を同定することができました。ところが、同じことを考える研究者は他にもいたようで、研究競争も始まり、変異体のうち研究しやすいと思ったものについては、研究競争に敗れました。競争者が先に論文発表をしてしまったのです。この時以降、研究競争には負け続けています。

「研究競争に逆転の目はあるのか。」

この競争に負けた部分は、転写因子PIF4というものがシロイヌナズナの高温感受性に関与する転写因子であるという部分です。未知のメカニズムで高温を感知したあと、細胞内ではこのPIF4というタンパク質が高温に応じて細胞が伸張するために必要な遺伝子を呼び出しているのです。誤解を恐れずに表現すると、このPIF4という転写因子は、「流行り」の因子で、それまで光の情報に関係するものと思われていたけれど、高温情報にも関係するということが発見された真新しさを持っていました。流行りの因子だけに、その後、多くの研究者が参入し、色々な角度でPIF4と熱の関わりについて研究が進みました。

この研究に勝ち目はあるのでしょうか。実はまだ、熱をどのようにシグナルにしているのか、感知機構は不明なままです。そして、私たちが見つけた変異体の中には、もしかして感知機構に関わるのではと思われるものが含まれていました。熱の感知にかかわることを証明するのは、証明方法から考えねばならないので大変です。今、学生たちとこれに挑戦しています。

「そして研究は続く」

植物の温度感知機構を明らかにすることで、ノーベル賞は獲れるのでしょうか。
これまでには、細胞がエネルギーを獲得する仕組みについて2件の受賞があったこともありますが、ノーベル賞は同じ研究領域には基本的には与えられません。動物とは異なったとしても、分子機構を発見してもおそらくは受賞できないでしょう。ところが、一つ、可能性があると考えています。

作物の収量を上げることは、人口増加を支える基盤として重要なことです。大きな作物を育てると収量が上がることから、大きな作物を育種したり、肥料を当たれることで大きく育て、収量増加をはかっていました。ところがある程度大きくすると、台風などで倒れてしまう倒伏被害が大きくなります。ノーマン・ボーローグという農学者は、意図的に背の低い「矮性品種」を育種することで、作物の収量を劇的に増加させることに成功しました。その功績(「緑の革命」といわれます)により、ノーベル平和賞を受賞しました。

高温を感知すると倒伏しやすい形態になります。もしもこの感知機構を操作することができれば、そしてそれで収量をあげることができれば、第二の緑の革命として、平和賞を狙えるかもしれません。これは、半分ハッタリの話ですが、植物の基本的な能力を明らかにすることで、増収につながる研究を行うことが、私の研究の目標なので、まだその延長にJulius博士が受賞した医学生理学賞とは別のノーベル賞があってもいいのではと思っています。農業研究の良さは、それで人類の食糧生産を支えることです。私が行っているのは、いわゆる基礎研究ですが、その行き着く先を夢見ることのできることは大きな魅力の一つです。