食卓を彩る、りんご。ひとかじりすれば、甘酸っぱくて甘い、ジューシーなおいしさが、口いっぱいに広がります。そんな、おいしさを生み出しているのは、ほかならぬ「りんご農家さん」。そんな農家さんの思いや、農業に対する哲学に、耳を傾けてみませんか?
りんごを愛して奮闘する、りんご農家さんのインタビューをお伝えしていきます。
きっと、りんごの見え方や味わいが、昨日とは変わるはず。
今回ご紹介する農家さんは、長野県中部の松本市街地近くの山間部で「よこや農園」を運営する川邊謙介(かわべけんすけ)さん・明日香さん夫妻です。東京で過ごしていましたが移住し、2016年から明日香さんのお祖父さまの、りんご農園を継承しています。
松本駅から車で10分ほどの山間地にある「よこや農園」。傾斜地に沿ってりんごの木が並びます。日照量が多く、寒暖差が大きい気候のもと、硬い粘土質の土の上で育つ環境が、りんごのおいしさを作ります。
りんごの生育は、土の成分や日の当たり方、気温などあらゆる条件に左右されます。ある土地でうまくできた育て方でも、ほかの土地ではうまくあてはまらないことも多いもの。さらに前年と同じ工程を踏んでも、次の年、同じ場所であっても同じ味のりんごに育つことはありません。科学的にはまだまだ分からないことばかりのりんご栽培。よこや農園では、より良いりんごを求めて、毎年試行錯誤を続けます。
謙介さん「りんごって分からないことが多いんです。就農してから、それを目の当たりにして、とてもビックリしました。やってみて思うのは、毎年実験のようなものだということ。今までと全然違うことをやってみたら、うまくいくこともあるんです。一方で、へこんだり、反省したりすることもありますけどね。探りながら進めています。
結果が分かっていないからこそ、いろんな農法を試して最善を探り続けられるんですよね。そのせいか、僕は飽き性のはずなのに、りんごの栽培は全然飽きないんです。」
明日香さん「お客様からも『おいしい』とご好評をいただいているのですが、それに甘んじず、もっと適する農法を探し続けています。昨年は、高密植栽培を始めました。」
上へ上へと伸びるりんごの木が、列に並んでいる景色。2020年から始めた高密植栽培によるものです。イタリアやアメリカで主流になってきている栽培方法で、日本でもだんだんと取り入れられています。木の高さが低く、狭い間隔で均等に並んでいるので、収穫しやすいのが特徴。りんごのおいしさを、効率よく届けられるメリットがあります。
2016年まで、東京でシステムエンジニアとして働いていた謙介さん。顧客対応部署の中間管理職として働いていましたが、やりがいを感じられず退職を考えていたところ、明日香さんのお祖父様が農園をやめるという話が飛び込みました。夫婦で松本に移住し、りんご農家へ挑戦することを選びました。
コードを書けばその通りにシステムが動いていたシステムエンジニア時代と比べると、行き着く結果が分からない農業は、謙介さんにとって新鮮だったのだそう。「農家を始めたら、意外と楽しくて性に合っていた」と話します。
謙介さん「自分で1日の作業内容を決められるので、自分のペースで働けます。自分ですべて把握して進めていくので、大変ですがやりがいがありますね。
人には好き嫌い、得意不得意があるのは当然のこと。システムエンジニアも経験して思いますが、仕事にも向き不向きがあるので、向いているものを選択していくといいんじゃないかなってことですね。組織が苦手な自分としては、農家は向いていました。特に夏の草刈りのあとは、やり切った感覚と気候の気持ち良さから、夏休みなのではないかと錯覚するくらい清々しさを感じます。」
晴天の日が多いと言われる松本市の夏。りんご畑の上には、青空が広がります。
謙介さん「初めてこの地に来たとき、山に囲まれた青空のもと、りんごがある風景って綺麗だなって思ったんですよね。この一帯を、果樹の木で統一感を持たせて整えることも、叶えたい夢のひとつです。」
明日香さん「かわいいと思うのが、サンふじりんごの木。癒されながら仕事ができます。
秋は周りの紅葉もいい感じ。収穫の景色が一番好きです。生活圏が綺麗で、心地よく過ごせると嬉しいですね。」
心地よい仕事をしながら作る、心地よい環境。美しい景観を町に添える、りんご畑を作り出しています。
→信州林檎物語② 「よこや農園(中編)」 林檎を軸にした活動
→信州林檎物語③ 「よこや農園(後編)」 林檎にまつわる“得意”を生かした仕事 (2022年7月上旬公開予定)