土壌医は、農業に必要な土壌づくりにおいて、高度な知識と技術を持つ者を認定した資格で、一般社団法人 日本土壌協会が実施する土壌医検定1級試験にパスすると獲得できます。
とはいえ、「自分もチャレンジしてみようかな」などと、資格マニアが興味本位で取得できるようなものではありません。
土壌に対する日々の研鑽なくしては、取得も維持も難しく、それだけに信頼される資格であり、農に向き合ってきた専門家としての誇りにもあるのです。
今回はその活動の一部を紹介することで、土壌医という資格の重みや、活用方法を知っていただければと思います。
一般社団法人 日本土壌協会が主催する土壌の資格は、知識・技術レベルに応じて1級から3級までありますが、最高位の1級が「土壌医」と呼ばれます。
この1級のみ、土に関する研究実績や土づくりに関する経験などのキャリアが必要で、受験勉強だけでは取得できません。ですので、農に長く携わってきた人物がようやく取得できるものであるといえます。
また、取得したら安泰というわけではなく、実績となる活動がない場合は資格を失うというところが重要です。
資格を維持していくには、単位制度による申請を行い、自分のキャリアを伸ばしていく必要があります。2012年に当資格の認定制度が出来てから、私は2014年に取得しましたが、今日まで実践的に農に関わる活動に取り組んで維持してきたことは、専門家としての誇りです。
このように、資格を取得することと維持することの両面が難しいことから、この資格を有することが高い信頼性を示すことになるのです。
一方で、2級や3級は、農に関わる仕事を目指す学生に推奨しています。
学生ですので、1級の試験に受けるのに必要な実績を積むことは難しいですが、このような土壌に関する試験に取り組み、基礎的あるいは応用的な知識を勉強することは、農に関する土台を作ることに役立ちます。
2~3級の資格は農に関連する企業でも重要視しているので、採用などで有利に働くこともあります。
農に関わる職に就いてから、しっかりと経験を積み、1級を目指すことも可能でしょう。土壌のプロフェッショナルとして、農を次世代につなぐものとして、是非チャレンジしてほしいと思います。
私の半生は農で満ち溢れています。最初のキャリアは、大規模農業法人で水稲の栽培を行ったことでした。その栽培理論は伝承的であり感覚的なものが多く、これらを自分のものにできたことは僥倖であると思えます。
しかし、すべての作業を体系的に説明できるわけではなく、体で覚えているといった感覚的なものでした。
ですので、このような技術の伝承は、多くは肉体的にも精神的にも苦痛を伴うことが多く、後進の育成がうまくいかないことが多かったと記憶しています。
特に「土壌」といういまだにすべてが解明されていないものに対する操作技術では、感覚だけを頼りにすると難しすぎるのです。
そんな時に、土壌医検定が始まりました。土に対しての総合的な理解を判別するための試験と資格で、土づくりを農作物と絡めて総合的に網羅しているものでした。
当時、私は他人に指導することも多く、大学の職員というだけで「現場の経験や知識がない“頭でっかち”」と嫌味を言われたこともありました。ですので、この資格を知った時、自分の知識や技術、実績を証明するに足る説得力を持つ土壌医に心からなりたいと思いました。
土壌医の資格を得た私は、講演や地域の農業指導など精力的に活動したと記憶しています。しかし、これらの活動において、土壌医という資格が直接お金(給与)に反映されることはありませんでした。
一方で、農機メーカーなどでは土壌診断を含めた農業指導に力を入れているため、土壌医など関連資格を有している人材を積極的に採用しています。また、企業内でも社員などに資格の取得を促している状況もあります。
資格=お金という構図には直接的にはなりませんが、土の専門家として採用されたり、企業内で重宝される存在になるなど、チャンスが増えることで結果的にお金に繋がるということは言えるでしょう。
多くの専門家には、その職に応じた資格を所有する人がいます。建築家であれば建築士、不動産業であれば宅建、運転手であれば2種自動車免許などです。
しかし、農業ではトラクタ免許など乗り物や道具に対する資格は存在するものの、知識や経験を量る資格は注目されてきませんでした。
以前から農業技術検定などの農に関わる資格は存在していました。しかし実際に農業をするのに、資格は必要ありません。
実践的に農業を行うだけでなく、農業のノウハウを体系的に後世へと引き継いでいくことが重要なのです。食という人類をはじめとする生物が必要とする分野は、とても重要なものであるにも関わらず、後継者の育成に苦慮している面もあります。
今、農に必要なことの一つは、語り継ぐ力だと考えます。見て、感じて理解することも実は重要であると思いますが、「なぜ?」「どうして?」を言葉で伝えることができないのであれば、それは伝える側も理解していないのと同義ではないかと疑念を抱きます。専門家が専門家を育成するとき、理論や理屈を言葉で説明できることができれば、もっと多くの農の専門家が誕生するのではないかと思います。
土壌医検定は、他の農の資格と異なり、維持するための研鑽が必要であることは冒頭でお話しました。とても大変な資格で、取得したはいいけども後も大変だと感じるでしょう。だからこそ、この資格は農や食の業界で信頼され重要視されるものであると考えます。
実際に私は、土壌医になってから専門的な講演や指導の依頼が増えました。
また、農作物の管理を行う際の理解も深まります。「どうして、この植物が病気や障害を引き起こすのか」を理解した上で、対策を考えることができるようになります。土壌医という資格は、土壌のことにとどまらず植物と土壌、環境と土壌、機械と土壌など農に必要な多くの知識を学ぶことができるのです。
今まで常識だと思われていたことが間違っていたと知ることがあるかもしれません。また、周囲と違う考え方や手法にとまどうこともあるでしょう。ですが、正しい知識を得て、長く続く農の社会を作り上げ、若い世代にはもっと新しい手法や魅力的な農を作り上げてほしいなと心から願っています。