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【対談】かこさとし『からすのパンやさん』―親子の愛情とパンを巡るおはなし-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

【対談】かこさとし『からすのパンやさん』―親子の愛情とパンを巡るおはなし-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

龍谷大学短期大学部こども教育学科で准教授を務める生駒幸子先生に、「絵本と食べ物」をテーマにおはなしを伺う連載企画。今回は、憲法学の領域で研究を行う法学部の寺川史朗教授と絵本と食べ物について語り合っていただく対談企画をおおくりします。取り上げる本は、かこさとしさんの代表作『からすのパンやさん』です。

<書籍データ>
からすのパンやさん
作:かこさとし
出版社:偕成社
初版:1973年

<あらすじ>
いずみがもりの木の上にある「カラスのパン屋さん」。お父さんとお母さんは、4羽の子どもを育てつつ、朝早くからパンを焼いて大忙し。お店で売れなかったパンやこげたパンを子どもたちのおやつに与えますが、いつしか周りの子どもたちからも評判になり、みんなが買いに訪れます。一家総出で作ったパンは、かにパンやうさぎパン、パンダパンに、テレビパン、じどうしゃパンまで、その数なんと80種類以上!香ばしい匂いが森いっぱいに広がり、カラスのパンやさんは人気店へと成長するのですが…。

「子育てをする親への励まし」と「子どもが驚く仕掛け」に富んだ絵本

寺川:今回改めてこの絵本を読み返して、色々な発見に出合いました。ひとつは「子育て中の親へのメッセージ」です。かこさんが実際に意識されていたかどうかはわかりませんが、物語に登場するカラスのパン屋さんは、お父さんとお母さんがいて、4人の子どもがいて、店の中はいつも散らかり放題。でも子どもに読み聞かせる親の立場になると、子どもがいる家庭は散らかっていてもいいんだっていう安心感を得られるんです。

生駒:確かに、安心しますね。

寺川:もうひとつが、読み手である子どもをどうやって興味を惹かせて物語に没入させていくか、その構成が見事だと感じました。たとえば、カラスのパン屋の親子がせっせとパンを焼くシーン。最初は食パンやバゲットなど、子どもが見たことがある身近なパンが描かれますが、お客さんからのリクエストに応えて、色々なパンを焼きます。「とんぼパン」「ぼうしパン」「たこパン」「ぶたパン」…、誰も見たことのないようなパンが、絵本の見開きにところ狭しと描かれて、子どもたちをさらに驚かせる。この計算がにくいですね。

生駒:最初に描かれた食パンやバゲットは本当にツヤツヤとして質感も丁寧に描かれています。次に描かれたパンは奇想天外なものばかりで…。このギャップが激しいですよね。学生に授業で好きな絵本を紹介してもらう課題があるのですが、この絵本は必ずといっていいくらい選ばれるんです。学生たちにどのページが好きかたずねると、決まってこのパンの見開きが好きだと答えますね。

寺川:自分自身が子どもに返ることができれば、どのように見えるのか気になりますね。

なぜカラスなのか。

生駒:この絵本が出版された1973年は、パンが日常生活のなかに浸透し始めた時代。私にとってもベーカリーは、キラキラ輝く存在に見えていました。

寺川:時代を先取りした絵本だったのですね。物語に登場するカラスの表情も豊かで、気持ちが伝わってきます。

生駒:それにしても、なぜカラスなのでしょうか。

寺川:絵本というものは一行一行、一文字一文字に無駄がありませんよね。何か意味があるのかもしれません。

生駒:カラスはその姿形から恐ろしいイメージを持ちがちですが、一方で群衆行動をする姿がたくましいようにも見えますね。

子どもと一緒に過ごしてきたからこそ描ける世界観

生駒:寺川先生もおっしゃいましたが、とにかく話の構成がよく練られています。かこさんは、民間化学会社研究所に勤務するかたわらで、セツルメント運動(※)や児童会活動に従事し、子どもたちと交流を重ねながら絵本を描いていました。だからこそ、子どもの目線に立っていることがよく伝わります。私が印象的だと感じたのは、物語の締めくくりの言葉。もしかしたら、自分の近くにカラスのパン屋さんがいるかもというワクワク感が上手に表現されています。子どもの気持ちがよくわかるかこさんならではの言葉ですね。

寺川:この『からすのパンやさん』は、今年で初版から50年になるそうです。これだけ長く読み継がれる本は多いのでしょうか。

生駒:いいえ、なかなか珍しいですね。かこさんの場合、活動期間が長いということもありますが、この作品に限って言えば普遍性を持っている絵本なのだと感じます。今の学生の皆さんにとって、もしかしたら時代に合わない絵なのかなと想像したのですが、学生からは古さを感じないという答えが返ってきます。時代を超えて惹きつける魅力にあふれている絵本なのでしょう。

寺川:長く読み継がれる絵本は、書かれた言葉がシンプルで、色々な解釈ができるものが多いと思いますが、『からすのパンやさん』は、文字量もほどほどに多く、解釈の余地があまりないですよね。でも、他の本とは異なる魅力があって、それが、生駒先生がおっしゃる「普遍性」。どの時代、国、世代でも共感を得られるようなものが入っているのだと思います。その普遍性こそが、この絵本が50年にわたって読み継がれる理由ではないかと。

生駒:そうですね。

寺川:誰もがパン屋さんで働いた経験はありませんが、毎日てんてこまいな生活をおくるこの家族を見ると、読者は不思議と共感を覚えます。またカラスのパン屋さんはパンがなかなか売れずに貧乏になってしまいますが、子どもたちはスクスクと大きく育っています。「家族には多かれ少なかれトラブルはある。でも子どもは大きくなる」という作者のメッセージが、読者にとって安心感につながるのではないでしょうか。

※セツルメント運動…1880年代にロンドンで、学生や宗教家、教育関係者たちが、貧しい地域へ移住し、社会的に弱い立場にある人たちが自立するための手助けをしたことが始まり。日本では大正時代から様々な団体が地域課題の解決に取り組み、活動しています。

 

 

【今回の対談者】
寺川 史朗(てらかわ・しろう)
龍谷大学法学部教授

大阪府出身。専門は憲法学。多様性、他者の尊重、人間の尊厳、存在への自信・・・絵本の中に憲法学に通じるものを発見する日々を送っています。子どもの頃母がつくってくれた骨付きとり肉のクリームシチュー煮。45年経った今でも覚えている絶品!