スペインの家庭料理の代表格といえば、ジャガイモ入りのオムレツ「トルティージャ」。
スペイン語では「tortilla」と表記しますが、「lla」の部分は地域や人により「ジャ」とも「ヤ」とも発音します。つまり、「トルティージャ」とも「トルティーヤ」とも呼ばれます。しかし、トルティーヤは日本では一般に中南米で食べられるクレープ状の皮のことを指すようですから、今回は「トルティージャ」と呼ぶことにしましょう。
「tortilla/トルティージャ」の「tort/トルタ」は、古代ローマ時代に食べられていた、丸い皿状のお菓子「トルタ」に由来していると言われています。洋菓子のタルトも語源は同じです。「lla/ジャ」は、語尾を小さくまとめる役割として付けられています。
トルティージャの材料は、基本的に卵、ジャガイモ、塩のみ。フライパンにオリーブオイルを引いて具材を流しこんで焼き、円形状に仕上げます。美味しく作るポイントは、オリーブオイルをフライパンにたっぷり注ぐことと、卵を4〜6個と多めに使うこと。半熟くらいになったらいったんフライパンのフタなどに取り出し、ひっくり返してさらに焼くとしっかりと火が通ります。
このように、トルティージャは材料も作り方もシンプルです。そのため「誰が作っても、どうやって作っても同じトルティージャが出来るのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、スペイン人にとって、トルティージャの材料や作り方の違いは“大きな問題”なのです。
玉ねぎを入れるか、入れないか。ジャガイモは薄くスライスするか、厚めに切るか。ジャガイモをあらかじめ電子レンジで柔らかくしておくか、生のまま入れてフライパンでじっくり火を通すか。ジャガイモは男爵系でほっくり仕上げるか、それともメークイーン系でシャキシャキ感を残すのか。半熟にするか、固めに焼くのか。塩は控えめか、それともしっかりきかせるか……。
スペイン人はみなそれぞれに、トルティージャに対して熱い想いを持っています。スペイン人たちが、理想のトルティージャを語り始めると「こっちの方が美味しい」「いや、自分のやり方が正しい」と、論争になるほどです。私もトルティージャが大好きですし、外側がカリカリしているほうが好みという嗜好はありますが、それでもスペイン人のトルティージャ愛にはかないません。
家庭ごとに味が異なるトルティージャは、いわば「おふくろの味」。日本人にとっての、味噌汁のような存在です。古い映画では、男性が女性にプロポーズするときに「君のトルティージャを食べたい」と伝えるシーンが出てきます。トルティージャはシンプルながら奥が深く、そして個々の思い入れが強い料理なのです。
ちなみに、日本のスペイン料理店やスペインバルでトルティージャを注文すると、ケチャップが添えられていることがあります。しかし、スペイン人は、ケチャップやマヨネーズなど調味料をつけることはありません。シンプルなトルティージャを、あくまでそのまま味わうのが流儀のようです。
スペインの子どもが、遠足に持っていくお弁当の定番は「ボカディージョ」。バゲットに切れ目を入れ、さまざまな具材を挟んだサンドイッチです。具材はトルティージャのほか、ハムやチーズ、アンダルシア名物イカリングフライなどです。スペイン人は遠足だけでなくランチでも「ボカディージョ」を食べます。日本人にとってのおにぎりのような軽食が、スペインでは「ボカディージョ」なんですね。
スペインでは「バル」でトルティージャを食べることができます。バルのトルティージャは、家庭のものよりも大きく分厚いのが特徴です。トルティージャはカットして小皿での一品料理やバゲットに乗せたピンチョス(ひと口サイズの串刺し)として提供されます。お店によってエビやほうれん草、パプリカなどが入っていたり、日替わりで具材を変えた「本日のトルティージャ」を出していたりと、さまざまなスタイルがあります。
トルティージャはあくまで庶民の料理です。中級〜高級レストランで伝統的なトルティージャが提供されることはまずありません。しかし近年は、モダンにアレンジされた創作トルティージャを出しているレストランもあります。スペインを訪問したら、ぜひいろいろなお店でトルティージャを食べて、お気に入りを見つけてみてくださいね。
スペインになかなか行けない、スペインに行くまで待ちきれないという方は、日本のスペイン料理店やバルで楽しむほか、自宅でトルティージャを作ってみるのはいかがでしょうか。スペイン人のように、具材や焼き加減を工夫して自分好みのトルティージャを追求するのもおすすめですよ。