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京都“ロングセラー”グルメの旅⑧ 京都の夏を彩る「川床」の話

津曲 克彦

ライター

京都“ロングセラー”グルメの旅⑧ 京都の夏を彩る「川床」の話

津曲 克彦

ライター

例年4月~10月頃まで設けられる川床は、爽やかな川風と美しい景観を眺めながら料理やお酒を楽しめる夏の風物詩。人生で一度は川床体験をしたい!と思う人も多いのではないでしょうか。今回は京都のロングセラーグルメを語るのに外せない、夏の川床のお話です。

江戸時代から続くウォーターフロント

三方を山に囲まれた京都では、盆地特有の蒸し暑さを和らげるために川床文化が生まれました。川の上や川を望む屋外に座敷を設け、料理やお酒を楽しむ涼やかな空間として受け継がれています。川床は、河原町エリアの他、貴船や鞍馬、高雄などにあるのですが、前者は「かわゆか」、後者は「かわどこ」と呼ぶのが一般的です。ある取材先で京都の街を和室に見立て、床の間の位置にある貴船や鞍馬、高雄などを「かわどこ」、河原町エリアは「かわゆか」と覚えたらいいよと教えてもらったことがあります。家の間取り図をイメージするとすごく覚えやすく感心しました。

河原町エリアの川床は、正式には「鴨川納涼床」といいます。例年4月に設置工事が行われ、早いお店は5月から営業がスタート。10月頃まで涼やかな席で贅沢なひとときを味わえます 。鴨川納涼床の起源は、室町時代後期といわれていて、当時の鴨川は現在よりも川幅が広く、数多くの中州がありました。この中州に床机を出して夕涼みを楽しむ習慣が定着。商人たちは茶店を出し、芝居小屋では演劇や歌舞伎などの公演が行われ、人々が遊びや芸能を楽しむ場として大いににぎわっていたそうです。

張り出し式の床席と鴨川

江戸時代前期の1669年(寛文9)に鴨川の護岸整備の一環として寛文新堤(かんぶんしんてい)が築造されました。これにより、現在の先斗町の基礎となる護岸が形成されるとともに、中州にあった茶店が鴨川の両岸へと広がり、現在のような張り出し式の床席が誕生したといわれています。1690年(元禄3)、京都を訪れていた松尾芭蕉は、納涼会に参加し、薄柿色の帷子(かたびら)を纏ったハイセンスな人を見かけて、こんな句を詠みました。

「川風や 薄柿着たる 夕涼み」

歌川広重『京都名所之内 四条河原夕涼』(東京国立博物館所蔵) 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

その後も、鴨川納涼床は京都の夏の風物詩として親しまれ、江戸時代中期には約400軒もの茶屋が立ち並び、各店の床机の数を定めるなど、組織化も進みました。1755年(宝暦5)に京都を訪れた国学者・本居宣長は、『在京日記』に「星の如くにともしび見えて、いとにぎはし。かゝる事は江戸・難波にもあらじと思ふ」と残しています。この頃の様子は、京の観光案内書『都名所図会』や円山応挙の眼鏡絵、歌川広重の浮世絵にも描かれました。

京都の近代化と共にスタイルを変えた納涼床

小林忠治郎『京都名勝』 出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/)

明治時代に入ると、鴨川納涼床に転機が訪れます。それまで明確に定められていなかった床を出す期間が7~8月に定着。さらに、1894年(明治27)の鴨川運河開削(二条以南)、1915年(大正4)の京阪電車鴨東線が三条駅まで延伸したことにより、鴨川左岸(東側)の納涼床は姿を消します。加えて、1934年(昭和9)の室戸台風、1935年(昭和10)の鴨川大洪水を契機に抜本的な河川改修が実施。現在の穏やかな姿になった一方で、床机形式の納涼床が禁止されました。

鴨川左岸(東側)。現在は川床の姿は見当たらない。

京都の近代化によって納涼床の規模が縮小されることとなり、地元の店舗は困惑。存続に関する陳情によって生まれたのが鴨川のすぐそばに流れる禊川(みそそぎがわ)です。高床式の床は禊川の上に出されるようになり、現在まで続いています。

納涼床の下を流れる禊川

第二次世界大戦では灯火管制などを理由に納涼床の灯が消えることとなりますが、戦後の復興とともに納涼床も復活。1955年(昭和30)頃には40~50軒の店舗が納涼床の設置を出願。現在は、90軒以上の店舗が納涼床を設けるまでになりました。近年のインバウンドで外国人観光客も納涼床の魅力を知ってもらえる機会も増え、京都の新しい魅力のひとつとして国内外から人気を集めています。

納涼床は格式が高い?

鴨川や東山の景観を一望でき、いわば「特等席」ともいえる納涼床。格式が高いとイメージがありますが、決してそんなことはありません。多くのお店では席料が必要ですが、なかにはノーチャージで気軽に楽しめるお店もあります。料理のジャンルも幅広く、和食はもちろん、フレンチやイタリアン、中華、さらに最近ではスイーツを楽しめるお店も登場しています。ただし納涼床のほとんどが予約制なので、事前に問い合わせをするのがマスト。注意すべき点としては、雨の日でも店内に座席が用意されているため、急なキャンセルは避けましょう。また履き物を脱いで上がる場合、素足は遠慮するようにしましょう。夜は少し冷えることがあるので、羽織るものを持参するとより快適に楽しめます。京都の夏の醍醐味を味わうなら、ぜひ納涼床 を体験してみてくださいね。