京料理は上品でおいしいのだけれど、お値段が…と言う人は多い。
確かに京都の一流料亭ともなるとかなりの料金である。
フレンチや中華に比べても安くない。
料亭は庭の手入れや、床の間のしつらえの経費も大変だろうし、と納得していたのだが、最近になって本当の理由がわかったような気がした。
科学者や学生が集まる研究会で、京料理の八寸が話題になったことがある。
八寸というのは茶懐石では食事が一通り終わって出されるいわば酒の肴のような位置にある。
京料理の会席では、通常、献立の中ほど、野球の5番バッターのような立場にいる。
数種の海の物と山の物が一般に杉の白木地の八寸四方の折敷きに盛られる。
味の違う山海のいくつかの肴を酒とともに愉しむ料理といえる。
料理の研究会ではなくてむしろ科学的なセミナーであり、この日の研究報告者は料亭木乃婦のご主人高橋さんであった。
研究の話は省略するが、ともかく京料理を被験者に与えて気分の変化や自律神経系の反応を計測する試みである。
若い当主が紹介した八寸には、8種類の小さな肴が盛りつけられていた。
写真で見る限り普通の料理であるが、説明を聞いて参加者は息を呑んだ。
一つ一つの凝りようが尋常ではない。
八種の旬の肴の構成は、
卵と鱧のすり身を合わせた「厚焼」、
穴子と魚のすり身を博多に押して蒸した「穴子博多」、
甘めの「蛸の柔らか煮」、
レモン風味の「薩摩芋蜜煮」、
「山桃焼酎漬」、
出汁を煮含めた「車海老艶煮」、
そして、あっさりした「枝豆」は昆布の風味が加えられていた。
さらに「子鮎甘露煮」。木の芽と青もみじが季節感を添えていた。
一口で食べてしまう小さな料理の集まりであるが、それぞれが真珠の玉のようであった。
予想を超える長さの調理の時間。煮ものは何段階も前処理や下味が施されていた。
複雑な材料で意表を突く風味に仕立てられたものもある。
薄味のようでしっかりと昆布の風味を感じる豆、贅沢を尽くした鱧のすり身など、一筋縄ではいかない味わいを主張していることが説明からも十分に推測された。
一口の味わいにこれほどの手間と趣向と、素材の吟味が施されているのである。
今まで気がつかずに食べてきたかも知れないという後悔とともに、京料理の奥深さをかいま見て、これで安いはずがないと悟った次第である。
出典「互助組合報」(2014.12.10号)