2018年2月17日に京都で行われたシンポジウム「日本料理のテロワール」の様子をお伝えする第2回目は、10名の料理人によるプレゼンテーションをご紹介します。日本を代表する京料理の料理人たちに出されたミッションは、「地方へと旅をして食材を探し、郷土料理を京料理にアレンジする」ことでした。
和食で出汁といえば、昆布とかつお節。あらゆる料理の基本ともなるこの出汁の可能性を広げる発表をされたのは、京料理直心房さいきの三代目主人、才木充さんです。祇園で腕を振るう傍ら京都大学大学院で料理を科学的な観点から研究し、修士論文も書かれたという才木さんが旅先に選んだのは、長崎県の離島、五島列島。独自の食文化が発達したこの島で、才木さんが目を付けたのはトビウオで出汁をとる「あごだし」でした。
生臭さが強いとして、京料理ではあまり使われない「あごだし」ですが、才木さんは甘味の強い太ネギや乾燥させた大根の皮とともに煮出して出汁をとることで、生臭さを除去。あごならではのよい香りを残すことに成功しました。また、あごだしと昆布とかつおの一番だしの成分の数値をとって比べてみると、葱や大根を入れることで、旨み成分であるグルタミン酸やアスパラギン酸が増加していることがわかったそうです。
塗りのお椀に湯葉と豆腐のひろうす、季節の野菜が美しく盛られた椀ものは、どうみても京料理。しかし、一口飲めば、出汁は香り豊かなあごだしです。生臭くなく、かつ、香り高いとなれば今後、昆布とかつおの出汁に代わるものとして出番が増えるかもしれません。才木さんは、工夫すれば他の魚も出汁として用いることができるかもしれないと仰っていました。出汁の種類が増えることで、日本料理の幅も広がっていく。そんな新たな可能性を感じた発表でした。
続いては、400年余の歴史を持ち、日本を代表する茶懐石の店として知られる瓢亭。15代若主人の高橋義弘さんが研究テーマに選んだのは、高知県の郷土料理・ツガニ汁です。ツガニとは四万十川で採れるカニで、これをブツ切りにして煮込んだ野趣溢れるツガニ汁は、高橋さんが「抜群の美味しさ」と太鼓判を押すほど。
高橋さんは、このツガニ汁に「感性を足し、風情を醸す」ことを試みます。見た目を美しく、味わいも郷土料理からさらに進んで、複雑ながら澄み切った風味を目指します。
ツガニを潰して漉し、具と汁に分け、具はトマトだし、アボカドともに卵で固めて茶碗蒸しに。汁はカニのだしにトマトだしと野菜だしを加えることで、奥行きを出しました。雁に見立てたゆりねと針生姜をあしらえば、幻想的な月夜。唐草文様の汁碗に盛れば、秋の風情まで漂ってきます。
ここからは、8名の料理人の発表をダイジェストでご紹介します。
生江シェフは、料理人の技術で素材をコントロールする西洋料理に対し、日本料理は、自然への敬意・感謝を表し、余分なものを削ぎ落していく料理であるといいます。そして、生ハムと鰹でひいた出汁にマッシュルームをあわせ、シンプルで滋味深いすりながし(ポタージュ)を作成。日本料理のマインドでフランス料理をつくることで、日本料理の精神とは何かを考えた興味深い発表でした。
佐竹さんは若狭地方の郷土料理「へしこ」で出汁をとり、へしこと海老芋の炊き合わせを考案。へしこを3枚におろし、一度酒焼きしてから用いるという一手間で、洗練された味わいを引き出しました。
下口さんは、近年害獣として人々を困らせている鹿とアナグマを食材として活用できないかと思案。鰹節のような鹿節をつくって出汁をとり、アナグマの良質な脂身を生かした汁物をつくりました。
吉田さんが目を付けたのは、京料理の「出会いもの」。「出会いもの」とは、互いに美味しさを引き出しあうぴったりな食材の組み合わせのこと。有名なものでは「いもぼう(海老芋と棒鱈)」や「にしんなす」などがありますね。滋賀出身の吉田さんはこの「出会いもの」を滋賀の食材で実現。近江牛の冷しゃぶに鮒ずしの飯をあわせた料理を考案しました。
村田さんは、福井県若狭町の山内地域につたわる山内かぶらが、京料理で使われる辛味大根と味も成り立ちも非常に似ていることに着目。甘味がなく、固い山内かぶらですが、すりおろして、ぶりのお刺身にまぶすことで粋な辛みがクセになるお料理に生まれ変わりました。いまでは菊乃井でもよく出される一品になっているそうです。
石川県の伝統野菜・加賀れんこんの濃厚で土臭い香りや粘りの強いテクスチャーに惹かれた栗栖さんは、郷土料理・レンコン団子汁を京料理にアレンジ。レンコン団子の中に鶉あんを入れ、紅白のあられをまぶしてあげたものを白みそのお汁に浮かべました。武家文化と公家文化が融合、力強さと気品をあわせもつお料理の誕生です。
宗川さんは、東北地方の保存食・お餅を凍結乾燥させた凍餅(しみもち)をアレンジ。素揚げした凍餅に海老芋のペーストと大根おろしを絡めた、凍餅のおろし餡かけを考案しました。
中村さんは、本州最北端の青森県下北半島を旅します。都から遠く離れ、独自の食材が多いこの地で中村さんが選んだのは、見た目が特異な甲殻類、フジツボ。味は蟹に似て大変美味ながら、可食部が非常に小さいのが難点です。中村さんは30キロものフジツボの実を外し、とれたのはたったの800グラム。その実を真丈にしたものをフジツボの湯がき汁、エキスなどを合わせたお汁に浮かべ、洗練されたひとしなを作り上げました。
龍谷大学の伏木亨先生は「このような料理が明日お店で出されることはないけれど、10年後にはスタンダードになっているかもしれない」と仰っていました。料理とは、日々更新されていくものなのですね。だからこそ、なにをもって日本料理とするのか、その核の部分はしっかりと守っていかなくてはならないのだと気づかされました。
シンポジウム終了後、木乃婦の高橋拓児さんにこのシンポジウムの意義と日本料理の未来についてお話を伺うことができました。とてもわかりやすく興味深いお話でしたので、少々長いですが引用します。
日本料理は日々変化にさらされています。
それは世界的な気候の変化による食材の旬の変化だったり、日本の生活文化の変化によるもの。たとえば畳で生活しなくなったり、お軸をかけることがなくなったりというようなことが、料理にも影響します。
また、政治と経済からの影響も大きいです。政治が動けば、経済が動き、文化が働く。それは平安時代も室町時代も江戸時代も同じです。明治時代になって突然、牛肉を食べてよくなったように、政治ががらっと変わる時は、食の変化も大きくなります。
逆に、政治・経済が動かないと、食も停滞します。デフレになるほど食に対する文化指数が下がって、凡庸で安っぽい料理が増えてきます。文化的、嗜好的な食とハイカロリーで空腹が満たされれば良いという食の極端な二極化が起こるからです。いまの現状がそうですね。
料理人がどんなにがんばっても、一般の人はほとんど私たちが作っている料理は食べません。老舗料亭に来る方は限られています。日本国民の2%くらいじゃないでしょうか。いくら料理人ががんばっても国民の2%にしか影響は与えられないんですよ。だから、食文化を動かすには、政治・経済を動かすほうが早いです。
今回のシンポジウムには文化庁の方も来られていて、これから食文化の普及に本格的に尽力したいというお話もされていましたが、非常に大きな動きだと思います。
◎日本料理の概念=型をつくれば、より日本料理の良さがわかるようになる
今回のように私たち料理人が大学の先生方と一緒に研究することの意味は、日本料理の基礎概念を明らかにし、型として認識することです。
日本料理を担う人々が集まり、現時点での「日本料理はこれから50年はこの型でいきましょう」というコンセンサスをとるわけです。型を決めないと、何でもありになってしまいますし、料理のアイデンティティは出てきません。
型をつくるということは、いわば解像度をあげるということ。4Kを8Kにするようにです。日本料理を理解し、味わう文化、教養が身につくと、ブラウン管のテレビがデジタルになったみたいに、ひとつ上の感動を味わえるようになります。このシンポジウムの目的は、そのための型づくりだと私はとらえています。
龍谷大学とNPO法人料理アカデミーによるシンポジウムは今後も開催される予定です。一般参加もできますので(要申込)、料理や食文化に興味のある方は、ぜひ参加してみてくださいね。