1年以上かけて描かれた「ネコの町」の舞台裏に迫る、きどまや先生×生駒幸子先生の特別対談。後編では、作品に込められた作家の遊び心と、緻密な計算が明らかになります。なぜ、このネコはマラソン大会中にお買い物をしているの? 最後のプレゼントの中身は?ページをめくるたびに新しい発見がある「探し絵」的な楽しさと、そこに隠された温かいドラマ。大人が読んでもハッとする、絵本の奥深い世界へご案内します。
<書籍データ>
なんじ なんぷん なんのじかん?
絵:作 きど まや
出版社:ひかりのくに
出版年:2025年
生駒:(前編からの続き)きど先生の絵本といえば、なんといっても「食べ物」が魅力的です。今回の絵本でも、朝ごはんのハチミツトーストから始まって、カレー、アイスクリーム、コロッケと、子どもたちが大好きなメニューが目白押しですね。
きど:そうですね。私自身、食べることが大好きなので(笑)。絵本に出てくる食べ物は、とにかく「美味しそう」に見えないといけない。そこは絶対に譲れないポイントとして、グルメ本のような「シズル感」が出るように頑張って描きました。
生駒:子どもたちに読み聞かせをすると、絵のなかの食べ物を「パクッ」と食べる真似をしたりしますよね。この絵本はまさに、そうやって手が伸びてしまうような引力があります。特に私が感動したのは、おやつのアイスクリームのページです。
きど:あのアイス屋さんのシーンですね。
生駒:よく見ると、アイスのコーンが「魚の形」になっているじゃないですか。これを見つけた時、「なんて可愛いんだろう!」って叫んでしまいました。
きど:ありがとうございます(笑)。ここは「ネコの町」にあるアイス屋さんなので、やっぱりネコが喜ぶ形がいいなと思って、魚の形のコーンをデザインしました。
『なんじ なんぷん なんのじかん』原画から抜粋
生駒:しかも、アイスの味(フレーバー)も凝っていますよね。絵には描かれていませんが、原画の設定ではちゃんと味が決まっているとか。
きど:そうなんです。実は「かぼちゃ」「ささみ」「マグロ」「ヨーグルト」という味の設定があるんです。
生駒:ささみにマグロ!完全にネコちゃん用ですね(笑)。
きど:はい。ネコが食べても大丈夫な食材をちゃんと調べて選びました。チョコレートとかはネコにとって毒になってしまうので、美味しそうだけどチョコ味は入れていません。
生駒:そこまで徹底されているとは…。科学的根拠に基づいたファンタジー、素晴らしいです。晩ごはんのコロッケも山盛りで美味しそうでした。あれ、「5時6分」に登場するのはやっぱり…?
きど:はい、「ゴ(5)・ロ(6)」で「コロッケ」の語呂合わせです(笑)。
生駒:やっぱり!でも、お皿によって魚の形をしたコロッケがあったり、普通の小判型があったり、種類も豊富で。あれだけの量を描くのも大変だったんじゃないですか?
きど:最初は一つの大皿にドーンと盛っていたんですが、編集者さんと相談して「種類ごとに分けたほうが見やすいし、美味しそうじゃない?」となって、小分けのお皿に描き直しました。おかげで余計に手間はかかりましたが(笑)。
生駒:その手間が、「どれを食べようかな?」という子どもたちのワクワク感に繋がっているんですね。
生駒:さて、ここからは少し作品の核心部分に触れさせてください。私、この対談の準備のために何度も読み返していて、直前になってある「重大な秘密」に気づいてしまったんです。
きど:なんでしょう(笑)。
生駒:この絵本、表向きは「マラソン大会の1日」を描いていますよね。でも、主人公の2匹、チックとタックの動きをよーく追っていくと…タックだけ、マラソン大会の最中になぜかお買い物をしていませんか?
きど:気づかれましたね。
生駒:最初は「なんで走らないでお店を見てるんだろう?」と思っていたんです。でも、買い物袋の中身が風船だったり、リボンだったり…。そして最後のページで、チックにプレゼントを渡していますよね。つまり、この日はチックのお誕生日だったんですね!?
きど:正解です!実は「チックの誕生日」という裏設定がありまして。タックはマラソン大会のどさくさに紛れて、こっそりパーティーの準備やプレゼントの買い出しを進めていたんです。
生駒:タック、できる子すぎます!私、研究者として「絵を読み解く」ことの大切さを学生に教えている立場なのに、今日までその伏線に気づかなくて…。とても衝撃を受けました。
きど:そうやって気づいた時に「ああっ!」となっていただけるように、あえて文章では説明せずに、絵だけで物語を進行させておいたんです。
生駒:最後のページで渡しているプレゼントの箱、中身は見えませんが、表紙の絵をよく見ると…チックが腕時計をしていますよね。これ、プレゼントの中身はこの時計だったんですね。
きど:そうなんです。表紙と裏表紙で、チックが嬉しそうに時計をつけている絵を描いています。
生駒:参りました。1回読んだだけでは「時間のお勉強の絵本」に見えるけれど、2回、3回と読むと「友情の物語」が見えてくる。これぞ絵本ならではの「ナラティブ(語り)」の豊かさですね。文字で書かれていないことを絵が語っている。
きど:嬉しいです。子どもたちは観察力が鋭いので、大人よりも先に「あ、タックが何か買ってる!」って気づくかもしれませんね。
生駒:この絵本は、出版社さんからは「時計の読み方を学ぶ」というテーマで依頼されたものでしたよね。でも、きど先生のアプローチは決して「お勉強」になっていないのが素敵だなと思いました。
きど:ありがとうございます。私自身、「知育絵本」「しつけ絵本」みたいに、大人の意図が見え透いたものにするのは抵抗があって…。時計が読めなくても、まずは「ネコたちの1日が楽しそうだな」と思ってもらえることが一番だと思って描きました。
生駒:そのバランス感覚が絶妙です。幼児期の子どもにとって、時間というのは「過去・現在・未来」の区別も曖昧で、非常に難しい概念なんです。保育現場でも「3時になったらおやつ」ではなく、「長い針がここに来たら」とか「あと何回寝たら運動会」といった具体的な生活の流れで伝えます。
きど:そうですね。私も保育を学んでいたので、数字としての時間よりも、生活のリズムとしての時間を感じてもらえたらいいなと。
生駒:この絵本は、朝起きて、遊んで、ご飯を食べて……という1日の流れがすごく自然ですよね。
きど:実は、構成の段階ではもっと詰め込んでいたんです。例えば、マラソン大会で汗をかいたから、そのあと銭湯でお風呂に入るシーンとか。
生駒:えっ、お風呂も入っていたんですか?
きど:はい。でも編集者さんから「子どもにとって、お風呂は寝る前の儀式。昼間に急にお風呂が出てくるのは唐突じゃない?」と指摘されまして。確かにそうだなと思って、そのシーンはカットして、すぐにアイスを食べる流れに変えたんです。
生駒:なるほど。確かに子どもたちの生活感覚からすると、お風呂は夜ですよね。そこをバサッとカットして、楽しいアイスの時間に繋げた。編集者さんの判断力と、それを受け入れるきど先生の柔軟さが、この読みやすいテンポを作っているんですね。
チックとタックも遊びに来てくれました(きど先生の手作りです!)
生駒:最後に、この「ネコの町」の今後についても伺いたいです。あまりにも魅力的なキャラクターがたくさんいるので、チックとタック以外のお話も見てみたいなと思ってしまうのですが。
きど:実は、この世界観を広げていきたいなという構想はあるんです。
生駒:それは楽しみ!私、個人的に気になっているネコがいるんです。あのアイス屋さんの行列に、スーツを着たサラリーマン風のネコちゃんが並んでいますよね。
きど:いますね(笑)。
生駒:周りは子どもたちばかりなのに、大人が一人混じってアイスを待っている。「お仕事の休憩中かな?」とか「どんな気持ちで並んでるんだろう?」って、想像がかき立てられます。
きど:そうやって想像してもらえるのが嬉しいです。ただ背景として描いているわけではなくて、「この子にも生活があるんだな」と感じてもらえるように描いているので。
生駒:まさに「ネコの生き様」が見えますよね。脇役の一人ひとりにまで人生がある。だからこそ、この町が本当に存在しているようなリアリティがあるのだと思います。
きど:あの子がその後どうなったのか、とか、別の子の視点から見た1日とか、スピンオフのような形で広げていけたら楽しいなと思っています。
生駒:ぜひ読みたいです。作家さんの頭の中にある広大な地図が、また新しい絵本として私たちの手元に届く日を心待ちにしています。本日は長時間にわたり、創作の秘密をたっぷりお話しいただきありがとうございました。
きど:こちらこそ、生駒先生に細かいところまで読み込んでいただいて感激です!本当にありがとうございました。