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絵本と食べ物のおはなし⑨『14ひきのあさごはん』-作者が描きたかった食卓の光景-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本と食べ物のおはなし⑨『14ひきのあさごはん』-作者が描きたかった食卓の光景-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。

<書籍データ>
14ひきのあさごはん
作・絵:いわむらかずお
出版社:童心社
出版年:1983年

<あらすじ>
森に訪れた朝。早起きのおじいさんに、おかあさん、おばあさん。お寝坊さんは誰かな?14ひきの大家族が、ドングリの粉でパンを焼いたり、野いちご摘みに出かけたり、おいしいスープを作ったり、とみんなで協力してあさごはんを作る光景を、丁寧に描いた傑作。人気ロングセラー絵本「14ひきのシリーズ」の最初の一冊です。

海外でも読まれている日本の名作絵本

1983年に『14ひきのひっこし』と同時刊行され、いわむらかずおさんの代表作となった絵本。国内累計部数100万部を超える人気作品となりました。また海外でも高い評価を得ており、フランスやドイツ、中国、台湾、スイス、ルーマニア、ベルギーなど16ヶ国語で翻訳出版され、英語版は世界で1650万部を超えるベストセラーとなっています。

いわむらさんには、2017年に横浜のフェリス女学院大学で開かれた第20回絵本学会大会の講演でお目にかかったことがあります。学会設立20周年記念講演として「14ひきのシリーズ」に関する色々なお話をしていただきましたが、なかでも印象に残っているのは、いわむらさんの作品の特徴でもあるリアリティに富んだ自然描写についてです。草花や果実なら色や形、生え方や実のなり方、葉っぱの向き…。トンボやテントウムシ、チョウにクワガタ、カブトムシ、カタツムリ、カエル、バッタ、カマキリ…と、作品に登場する昆虫や小動物も本当にリアル。それぞれがまるで本物のように微細に表現され、命の営みを感じられます。この作品を描くまでに、いわむらさんは、じっと観察をして何百枚ものスケッチを重ねられたそうで、こうした目に見えない努力があってこそ、美しい描写が成立するのかと心を動かされました。

「家族の幸せな時間」として描かれる食事のシーン

この「14ひきのシリーズ」には、小さなちいさな野ねずみたちが、生活するために働いて、食べて、眠るという、当たり前の日常や暮らしが丁寧に描かれています。どの作品にも、暮らしを自分たちでつくる喜びがあふれています。

先ほどご紹介した講演でも、いわむらさん自身、シリーズ当初から描きたかったのは、食事のシーンだったと話されていました。「食卓を囲んでいる時間が、世代を超えて、国を超えて、家族にとって一番の幸せな時間だから」と語っておられます。1冊目の『14ひきのひっこし』にも食卓を囲んで美味しくご飯を食べる野ねずみたちが登場します。『14ひきのあさごはん』では、ドングリの粉から作った生地を焼いてパンにしたり、お父さんが屋外でスープを作ったり、なんともおいしそうな匂いのする場面が描かれていますね。緻密であたたかな描写、生活の手触りを感じられる絵、飾らない優しさ。思わず笑みがこぼれてしまいます。

「温かな父親の眼差し」が生んだ野ねずみたちの個性

いわむらさんの細かな描写によって、野ねずみたちの個性が輝いているこの絵本。ページをめくるごとに動きがあり、野ねずみたちの生きている感じ、躍動感が伝わってきます。きょうだいを助ける優しい子、けんかをする子、ジュースをこぼす子、指にとげが刺さった子は薬を塗ってもらうなど、一つ一つの描き方も細やか。いわむらさんがそれぞれの登場人物を大切に思っていることがよくわかります。メインストーリーからは少し外れますが、こうした一人ひとりを描く姿勢には、いわむらさんのお父さんとしての眼差しも感じられます。

いわむらさん自身も著書の中で、「だれか一ぴきでも出番の少ない子がいると、その子がどこかでしょんぼりしているような気がして、心が痛むのだ。自分の子どもたちに対して平等に目をかけてやらなくてはと思うのと同じである。もはや、作者というよりオヤジの心境である。」「もうひとつ、どんな性格にしろ否定的に描きたくないということだ。」(引用:「14ひきのねずみの性格」『14ひきのアトリエから』童心社、1991年)と書いておられます。

子どもは悪さもしたり残酷になったりすることがあっても、優しさもちゃんと持っています。それをありのままに描きたい。でも、決して否定的に描きたくはない。そんないわむらさんの姿勢に、子育てを経験した私も共感を覚えます。

子どもたちの寝起きの場面に、早起きさん、お寝坊さん、ベッドから落ちている子、おねしょしている子…と、きょうだいそれぞれの発達段階や個性が豊かに描かれています。絵の細やかな描き込みが面白いので、ご家庭での読み聞かせや少人数で読むのに適した絵本です。

最後に。この絵本には、表紙カバーと表紙の絵が異なるという、絵本では珍しい要素も盛り込まれています。いったいどんな違いがあるのか、ぜひ実際に手に取って見てみてください。