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熱力学的ダイエット論 その1【第2弾】

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

熱力学的ダイエット論 その1【第2弾】

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

本格的ダイエットは体脂肪の削減

少なくとも、数週間以上痩身の効果を維持するためには、水分ではなくて体脂肪を減らさなければならない。本格的なダイエットである。
人間は食事から得たエネルギーを生活の中で消費する。エネルギーが余れば体脂肪となって太る。例外はない。
エネルギーは勝手に生まれないし、どこにも消えてくれない。物理学の根本法則である。ダイエットといえども物理学の法則から逃れられるものではない。
この法則はきびしい事実を私たちの眼前に突きつける。すなわち、
「食べ過ぎたら体脂肪が増える」
「食べなかったら体脂肪が減る」
熱力学の法則にまねて、ダイエット熱力学の第一法則と呼びたい。

糖質は意外に体脂肪にはならない

では、同じカロリーで脂肪の多い食事と糖質の多い食事とでは、どちらが体脂肪を増やす原因となりやすいだろうか。
熱力学の法則ではカロリーが等しければ脂肪でも糖質でも同じ結果になりそうだが、じつはそうではない。
ネスレリサーチセンターのアチソンらは、食べすぎた糖質がどのくらい体脂肪になるのかを研究した。吐いた息の二酸化炭素の増加と酸素の減少を精密に測定し、糖質からの脂肪の合成を計算する。糖質500g(2000kcal)を含む大量の試験食を若いボランティアに与えた。意外なことに糖質はあまり体脂肪にならないのである。
必要以上に食べすぎた糖質は肝臓でグリコーゲンに合成され蓄えられる。体重は増えるがすぐに体脂肪になるわけではない。肝臓のグリコーゲンが満杯になると糖質は脂肪合成にまわされる。

その間にせっせと動いてエネルギーを使うと肝臓のグリコーゲンは満杯にならない。身体活動が活発な昼間に食べた糖質は体脂肪になりにくく、寝る前に食べた糖質は体脂肪になりやすいという一般的な印象はこのことに関係があるようだ。
体脂肪にならなかった糖質のエネルギーは最終的にはどこへ行くのか。二酸化炭素と水に分解される過程で運動エネルギーと熱になって徐々に体外に逃げてゆくと考えられる。食事中の糖質は基礎代謝を増大させるホルモン(甲状腺ホルモンT3)を誘導する。基礎代謝が高く保たれると糖は熱エネルギーとして逃げやすい。
体内に糖質がたくさんあるという情報は、体温を高める交感神経の働きを高く保つとも考えられている。実際に高脂肪食を続けると体が寒いが高糖質食はあったかい。レース前のグリコーゲン蓄積を試した事のあるマラソン選手や長距離選手ならばだれもが経験している。

ごはんのような糖質が太る原因というのは誤り

肝臓にグリコーゲンとして蓄えられる糖質は成人で800gから1000gとアチソンらは推定している。充分な貯蔵スペースがあるので糖質から体脂肪への合成は少ないというのである。糖質が脂肪になりにくいということが、実験動物と違い人間の代謝の特殊な点であるとアチソンらは解説している。
一方、脂肪を摂取させるとそれは速やかに体脂肪に変化する。アチソンらの実験がほぼ正しいとすると、ごはんやでんぷんなどの糖質が太りやすいと思われている一部の常識は訂正されるべきである。肝臓や皮下に満杯になったグリコーゲンとそのまわりに水和している大量の水は重い。一時的に体重が増すので太ったと誤解されやすいが腹が減ればすぐに元に戻る。

参考文献
Acheson KJ.et al. Metabolism 31:1234-1240,1982
エネルギー収支のバランスと体重の制御、Scutz Y.& Garrow J.S. 、「ヒューマン・ニュートリション」 第10版 医歯薬出版 147-158、2000

出典:女子栄養大学出版部「栄養と料理」