大学の研究室では研究用にハツカネズミ(マウス)をたくさん飼育している。栄養素が完全に含まれている便利な固形の飼料があり、マウスもよく食べる。
ところが、自由に餌を食べる状態にしているのに、マウスたちは肥満しない。同じ系統のマウスの体重の増加はきれいに揃う。肥満者はいない。必要なカロリー分を食べ終えたら、摂食はぴたりと止まる。たんぱく質の多い食事や炭水化物の多い餌を並べておいても、非常にうまく必要量だけを食べ分ける。むしろ、マウスを肥満させることは難しいのである。
そんな、ストイックなマウスを肥満させる方法が一つだけある。砂糖水かサラダ油の入った吸水瓶を餌のそばに置いておくだけで良い。マウスは固形飼料を食べるのだが、同時に砂糖水や油液をぺりぺろ舐める。そうすると、体重が増えてぶくぶくと太り出す。一か月も続けると、完全な肥満体になる。
砂糖水や油は、マウスの正常な食欲を完全に度外視して摂取させるパワーを持っている。完全な栄養素による健全な体重増加が生きるための食行動と考えると、砂糖や油は、おいしさの快感を求めて食べていると言える。実際に、砂糖水や油は、マウスの脳の快感を生じる部分を興奮させている。
人間の食卓を見ると、マウスがやみつきになる油脂や甘味の豊かな料理ばかりである。昔であれば、宮廷のご馳走であった料理が、一般家庭で食べられている。これらはあまりにおいしくて、ストップが効かないのである。 さらに、アルコール類もストップが効かないカロリーである。
人間の食事は、ストイックなマウスを太らせるほど、快感に満ちている。そんな料理や菓子を現代人は開発してきたのである。人間の食はおいしすぎる。メタボの原因もそのあたりにある。
しかし、そんな「アブナい」食によって、私たちは大きな食べる楽しみを獲得した。食べる美味しさは生きる原動力でもある。諸刃の剣であるがもう手放すことはできない。
このうえは、積極的に運動してエネルギーを使うことと、少しは節制する自制心を養うことでしか、食の快楽を続けることは難しい。みなさんお覚悟はいかがであろうか。
出典「互助組合報」(2014.5.10号)