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品種改良と遺伝子組換えはどう違う?

中村 千春

元龍谷大学農学部教授、Ph.D. Agronomy(農学)

品種改良と遺伝子組換えはどう違う?

中村 千春

元龍谷大学農学部教授、Ph.D. Agronomy(農学)

育種の目的は品種改良ですが、その方法には様々なバリエーションがあります。遺伝子組換えも品種改良を目的とした育種技術のひとつです。流通する農産物は、従来、殆どすべてが交配と選抜によって改良された品種群でした。こうした方法で目的にかなった有用遺伝子の組み合わせをもつ作物や家畜を育成するには多大な労力と時間がかかります。遺伝子組換えは、この律速要因を解消し、効率よく目的を達成するために開発された技術です。この技術を使えば、不要な遺伝子の発現を抑えたり(ノックアウトまたはサイレンシングといいます)、他種のもつ有用遺伝子を生殖の壁を超えて導入し、全く新たな機能を付与することができます。これは、従来の育種では殆ど不可能です。

遺伝子組換えの始まり

農業は病害虫、雑草、天候や地理など過酷な自然環境との戦いの連続です。だから、遺伝子組換えは、安定・多収という生産者側の利益を優先した技術として始まりました。害虫耐性のトウモロコシや除草剤耐性のダイズが代表例です。しかし、近年では、消費者側の利益に主眼をおいた開発傾向が見られます。

いくつか例をあげてみましょう。

フレーバーセーバーというトマトがあります。このトマトは、貯蔵・搬送時におこる品質劣化の原因となる酵素遺伝子の働きを果実でのみ抑制し、収穫後の日持ちが良く美味しい完熟果実を消費者に提供できるように改良された遺伝子組換え品種です(図1)。
次はゴールデンライスです(図2)。黄金色をしたゴールデンライスは、私たちの体内でビタミンAに変わるベータ・カロテンを多量に合成するように改良されています。ビタミンA不足による失明や貧血が深刻なアジアの開発途上国では、人々を救う有効な食品となるでしょう。スギ花粉症を引き起こすアレルギー反応を緩和する遺伝子組換えイネ、ワクチンやインターフェロンなどを生産するメロンやイチゴの開発も進められています。

図1 日持ちをよくしたフレーバーセーバートマト National Institute of Genome Research, New Delhiを改変

図2 栄養価を高めたゴールデンライス Copy right: 2015 Genetics Generation

遺伝子組換え作物に依存する私たちの食生活

私たちが直接に摂取する食品の他にも、遺伝子組換え作物によって作られる食品が大量に市場に流通しています。美味しい牛肉、豚肉、鶏肉も、飼料となる遺伝子組換えトウモロコシやダイズなしにはほぼ供給不可能です。私たちの食生活は、実は、遺伝子組換え農産物に大きく依存しています。サケもマグロも、そのうちに、天然物に代わって、成長ホルモンを増強し少量の餌によって短時間で育てることのできる遺伝子組換え養殖物になるでしょう。

今後の遺伝子組換え食品への期待

一方で、遺伝子組換え食品には依然として根強い拒否感情が人々の間にあります。健康被害と環境破壊というリスクへの危惧と巨大なグローバル企業による農産物市場独占への批判がその理由です。ゴールデンライスは開発から30年以上経った今も、特に農民による強い反対運動で市場進出が拒まれています。花粉症緩和イネやワクチン・インターフェロン生産フルーツなどが食品・医薬品として認可され人々を救うまでには、どれだけの月日が必要でしょうか。フレーバーセーバー・トマトのように、市場に流通し消費者に受け入れられる成功例をつみあげる必要があるでしょう。