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レシピ本出版で話題の「神戸の給食」。神戸っ子だけが知る、その魅力って?

吉田 志帆

京都在住フリーランスライター

レシピ本出版で話題の「神戸の給食」。神戸っ子だけが知る、その魅力って?

吉田 志帆

京都在住フリーランスライター

コロナ禍による休校で、栄養バランスに優れた「給食」の有り難みを改めて感じた人は少なくないはず。

中国料理にハイカラ洋食、そしてイマドキのアジア料理まで。新旧105種もの多彩なレシピがまとめられた料理本「神戸の給食レシピ」(発行/神戸市教育委員会、編集/京阪神エルマガジン社)がいま、注目を集めています。

関西の他府県民もうらやむ給食は、どのようにして誕生するのか。神戸の給食の”中の人”こと、教育委員会事務局健康教育課小学校給食係の松島由佳さんにお話をお伺いしました。

完全給食のさきがけ。

編集部:自治体が給食を一冊の本にまとめるケースは珍しいように思います。まずは、出版に至った経緯から教えてください。

松島さん:2020年は神戸市が完全給食(注1)を開始した1950年(昭和25年)から数えて70年の節目の年なんです。それを記念し、神戸市の学校給食のレシピをまとめた書籍を販売することになりました。

編集部:神戸市は8大都市でもいち早く完全給食を提供されています。実現することができた理由はどのようなものだったと思われますか。

松島さん:詳細は分かりませんが、物資の供給的な観点から「港」がある神戸は、他の都市と比べて有利だったのではないかと思います。

(注1)牛乳、主菜、おかずがセットになったもの。1950年(昭和25年)当時はパン、ミルク(脱脂粉乳)、みそ汁またはシチューの構成だった。

白ワインがふわりと香る定番の人気メニュー「マカロニのクリームに」の登場は、なんと1977年(昭和52年)。洋食が身近にある神戸らしい献立。

編集部:私は8大都市のひとつである広島育ちなのですが、当時、郷土を感じるようなメニューはなかったと記憶しています。本を拝見し、神戸市では地域性を重視されているように感じました。神戸の給食の特長を教えてください。

松島さん:神戸は食材に恵まれた土地であり、学校給食にも“地産地消”を取り入れています。米飯はすべて神戸市産を使っており、「こうべ旬菜」をはじめとした神戸市内産野菜を積極的に使用した内容になっています。

編集部:確かに、神戸は山と海に囲まれた土地。自然の豊さがメニューの豊富さにもつながっているんですね。メニュー数は大体、何種類ぐらい?

松島さん:現在、約700種のメニューがあります。

編集部:約700種! その数字からも歴史の長さを感じますね。なかでも、不動の人気のメニューはどれでしょうか。

松島さん:毎年3月に進級と卒業祝いとして年に一度だけ登場する「フライドチキン」、定番の「カレーうどん」、韓国料理の「タッカンジョン」の3品ですね。メニューのなかには各地の郷土料理、国際都市である神戸にちなんだ外国料理も多く取り入れています。
それ以外にも年1回、毎年11月に神戸の特産品を使用した「こうべ特産給食」(小学校)や「神戸特産ランチ」(中学校)を提供しているんですよ。

郷土料理のメニューより。ごぼうの食感を生かした明石たこの「たこめし」と播磨のそうめんの端の部分を使用した「バチじる」。

ユニークな“参加型”の取り組み。

編集部:さすがは、あらゆる文化が交差する港町。同じ鶏の唐揚げでも、醤油味以外に中国料理の「ユーリンチー(油淋鶏)」があるのがとても神戸らしいなと思いました。その他にも独自の取り組みがあれば教えてください。

松島さん:中学校給食では、中学生による給食メニューを考案する「食べたいな!こんな給食メニューコンテスト」という取り組みがあり、実際に中学生が考案したメニューのうち最優秀賞・優秀賞を受賞したメニューが中学校給食で提供されています。

中華街でもおなじみ。酸味を効かせた中国版の鶏の唐揚げ「ユーリンチー」。韓国版の「タッカンジョン」も。

編集部:とてもユニークな試みですね。食に感心を持つきっかけにもなりますし、考案したメニューがかたちになるのは一生の思い出になると思います。神戸の子供たちがうらやましい…。

松島さん:神戸市では毎年新メニューを提供していますが、昨年度は「ラグビーワールドカップ2019™日本大会」の試合が神戸で開催されたこともあり、イングランド、スコットランド、南アフリカなど、神戸で試合を実施した国の料理も給食に取り入れていました。
その他にも料理レシピ検索・投稿サービスの「クックパッド」を活用して神戸市学校給食レシピの公開を行っており、先日、フォロワーが1,000名を超えたところなんですよ。

編集部:ちなみに新メニューは年に何種ほど、またどのようなプロセスを経て誕生するのでしょうか。

松島さん:栄養教諭や調理士が新メニューを考案し、メニューを検討した翌年に実際に調理の試作を行い、その翌年に初めてメニュー化されます。給食のメニューとして登場するのは、2年がかりです。
新メニューは毎年、10種類ほど検討します。例えば昨年ですと、「ラグビーワールドカップ2019™日本大会」にちなんだメニューで「フィッシュ&チップス」、「スコッチブロス」、「クスクスのスープ」、「アイリッシュシチュー」などを。その他では「ユーリンチー」、「ソトアヤム」、「けい肉のしょうがじる」などが登場しました。

編集部:「ソトアヤム」とはインドネシアのスープ料理ですよね。これは実際に本でも紹介されている料理ですが、マニアックなセレクトにはシビれました。献立を作成するうえで、一番、大事なものは栄養バランスだと思いますが、それ以外にもこだわりのポイントはありますか?

松島さん:衛生・安全性、作業性を考慮したうえで、食指導につながる内容を心がけています。また行事食・季節料理・外国の料理、地域の食材や季節の食材を取り入れて献立内容を充実するとともに、味付けや調理方法、使用食材も偏りがないように。もちろん、食物アレルギー対応にも配慮しています。

小・中学校の献立表も掲載。バラエティの豊富さには、ただただ驚くばかり。好きな給食の日が待ち遠しくて仕方なかったあの頃が思い出される。

編集部:それにしても、レシピがたくさん。神戸の給食に携わっておられる松島さんのおすすめメニューを知りたいです。

松島さん:では、本でも紹介されているメニューからふたつ。ひとつは、「ちらしずし」。神戸市の給食のちらしずしは米飯が酢飯で、具材は後から混ぜるようになっています。一般的なちらしずしとは雰囲気は少し異なりますが、とても美味しいです。少し手間はかかりますが、おすすめのメニューです。
もうひとつは子供たちにも人気の「フライビーンズ」。甘辛いタレと揚げた大豆が相性良しのメニューです。私も家で作ってみたのですが、家族にも大好評でした。タレは作る過程で甘すぎるかもと思いますが、実際作ってみるとクセになる味。とても簡単にできますよ。

編集部:お子さんがいる家庭では食育にもなりますし、何より美味しいのがいいですね。

松島さん:これから小学校に入学する子供をお持ちの家庭であれば、これから提供される給食を食べる練習や、実際に児童や生徒がいる家庭では読み物の部分で給食ができるまでを深く知っていただける本が出来たと思います。好きなメニューを作って、家庭での会話のきっかけにしていただけるとうれしいです。
もともと神戸の給食で育った方なら懐かしいメニューがたくさんあり、様々な活用方法があると思っています。食の大切さを知る機会になれば幸いです。

給食は「食」のお手本。

筆者も実際に何品か作ってみたのですが、ひとつの料理に多くの食材が使用されていることに驚きました。毎日食べられる、そして食べたいと思えるバランスのいい味わいも給食レシピならでは。大人になってから食べる給食は、あの頃の記憶も相まってとても味わい深いものでした。
この週末は、家族揃って給食当番!? 思い出話に花を咲かせて。

写真/伊藤 信