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ビールのつまみはなぜ塩からい

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

ビールのつまみはなぜ塩からい

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

汗ばむような日が増えてきた。本格的ビールシーズンの幕開けだ。今期はビールメーカー各社が新製品を派手に宣伝しているので、愛好者は早くからヒートアップ状態。大手ビール会社の市場シェア争いが激化してきた背景もあり、今年のビールシーズンは大盛況の予感がする。

ビールと言えばつまみが大切。枝豆、ポテトチップスにフライドポテト。あられにピーナッツ、おかき、するめ、ソラマメ、サラミソーセージ、ビーフジャーキー、チーズに生ハム。チキンナゲットに玉ねぎフライ。キムチに餃子。たくさんの定番がある。

どれもビールのつまみとしては異論を挟む余地がない。塩分がよく効いている。不思議に甘いものはない。

甘いものはダメ

ビールのつまみは塩からいのが普通である。甘いものはダメ。しょうちゅうやウィスキーだと甘いものでも許せる。チョコレートなどウィスキーやブランディーのつまみとしても気が利いている。いったい誰がビールのつまみを塩からい味と決めたのだろう?

つまみを決定したのはスナックのお姉さんでもビヤホールのマスターでもない。わたしたちのからだの自然な欲求なのである。

カリウムが多いことが原因の一つ

ビールはカリウムが多い。一リットル当たり、三00から四00ミリグラムも含まれている。カリウムは原料の麦芽に由来する。カリウムが多いという点では麦茶も同じ。カリウムと反対にビールにはナトリウムがほとんど含まれていない。一リットル当たりわずか二0ミリグラム程度である。ほとんどが原料の水から来る。

ナトリウムがほとんど含まれていない液体を一リットルも飲むとどうなるか。血液が薄められてしまう。血液にはナトリウムが大量に含まれている。しかも濃度が一定になるように常に調整されている。血液中のナトリウムは細胞の活動や神経の伝達などに必要な大事なミネラルである。
さて、血液のナトリウムが薄まったらからだは驚く。そして二つの行動を取る。
一つは「余分な水分を排泄しろ」
だからトイレに行きたくなる。
もう一つは、「急いでナトリウムを食べろ」
食物中のナトリウムとは塩のことである。

ビールを飲むと、塩分の多いつまみが食べたくなるのは、血液のナトリウムを薄めないための脳の命令なのである。特に、表面に塩の粒が散らばっているものは、塩分がストレートに感じられるので、ビールのつまみとしては最高である。

排尿とともにナトリウムも逃げる

ビールに多く含まれるカリウムは、血液中に留まることが歓迎されないミネラルなので、急いで尿に排泄される。このとき、一緒にナトリウムまで排泄されてしまうのである。つまみがなければビールによるナトリウム要求はますます激しくなる。ますます塩からいものが欲しくなる。

ビールのつまみ実験

かなり昔になるが、研究室の学生につまみなしでビールをたくさん飲む実験をしてもらったことがある。大瓶二本。一時間ほどかかっておつまみなしで飲んでもらう。最初はおいしいけれど、そのうち、つまみが欲しいと皆が口々に訴える。酔いもまわってきて、ポテチが食べたいとか、カキの種が欲しいとか、誠にうるさい。

そこで、もなかやチョコレート、飴など甘いお菓子を並べる。

ブーイングが起こる。甘いものなんて食べたくない。一口食べてみても感激しない。今、欲しいものはほかにある。

ポテトチップスやあられをテーブルにおくと歓声が起こる。塩からさに飢えているのがよくわかる。

「すごくおいしい」

ビールを二本も飲んで、一時的にナトリウム要求が高まった人にとっては、塩からいつまみは何よりおいしい。

「こんな旨いおかきを食べたことがない」

当たり前のコンビにおかきも、こんな状態でつまむと、奇跡と思えるほどおいしいそうだ。ビールはのどの渇きをいやす。またビールがおいしくなる。

脂っこいものも洗い流してくれる

ビールはアルコール濃度が低いので、濃い酒に比べると大量にのどに流し込めるいわば、口の中を洗い流してくれる。唐揚げなどの脂っこさを洗い流してくれるのもうれしい。ちなみに、ウィスキーや焼酎ならば甘いものにも合う。チョコレートはウィスキーのつまみの定番でもある。これらは蒸留酒だからカリウムがほとんどない。だからナトリウム要求が高まりすぎることがない。むしろ体内に吸収されたアルコールが糖分を要求する。
酒とつまみの相性には先人の知恵が詰まっている。隠された生理的な原因も少なくない。

出典「逓信協会雑誌」(平成19年6月号通巻1153号)