私の専門は果樹園芸学です。「樹に成る果物」および「果物を成らせる樹」を研究対象としています。
市民講座などに講師として招かれることも多く、「何かくだものの話を」という依頼で、いろいろな切り口の果樹のお話をする機会をいただいています。なかでも、事前申し込みの段階から反響があるのが、今回ご紹介する「庭の果樹に実が成らないのはなぜか、どうすればいいか」というテーマです。
実はこのテーマは、講座をコーディネートしてくださる方からの印象はあまり芳しくないようで、「庭持ちの人の役にしか立たない、きれいなくだものの写真がたくさん出て来る話がいい」などと言われることもあります。
しかし、庭木の果樹というのは総じて実が成らずみんな悩んでいる!このテーマには集客力がある!と確固たる自信をもっています。
ベランダの鉢植え果樹園芸にもあてはまる話であり、そもそも樹に実を成らせることは果樹園芸学の原点です。「庭の果樹に実がならない問題」に直面している方だけでなく、趣味の果樹栽培に興味がある方なども、よろしければご一読ください。
さて、実が成らないと言っても、その「成らなさ」にはいくつかのタイプがあります。
1.花が咲かない。(花が咲かなければ当然実も成らない。)
2.花は咲くが、実はとまらない。
3.実はとまるが、小さいうちに落ちてしまう。
4.年によっては実が成るが、成らない年がある。
実がならない状況を、以上の4つのタイプに分けて、その原因と対策をひとつずつ説明していきましょう。
◆1.-原因Ⅰ) 樹がまだ赤ん坊である
人間の子供が子作りできないのと同じで、カラダがまだ全然出来上がっていない幼いうちから繁殖という大仕事に取り掛かってしまうと、親子共倒れになります。
生き物には総じて幼若期というものがあり、幼な過ぎるときは生理的なストッパーが掛かっていて繁殖出来ません。果樹でも幼若期のうちは花を咲かせることができない仕組みになっています。
『桃栗三年、柿八年』という言い回しをご存じですよね。あれは、種子を蒔いてから、樹がオトナになって初花を咲かせるまでの年数を表しています。フルバージョンだと『桃栗3年、柿8年、枇杷は9年でなりかかる。梅はすいすい13年、梨はゆるゆる15年、柚子の間抜けは18年、林檎にこにこ25年、銀杏のばかやろ30年、女房の不作は60年、亭主の不作はこれ一生。』(樹種が多少異なるバージョンもある)と言うようです。(ちゃんとオチまでついていますね。)
成るまでにこれほど年数が掛かったのでは、営利的果樹栽培の場合、商売になりません。そこで、接ぎ木という方法を使います。なんとも好都合なことに、すでに実を成らせているオトナの樹から採った枝(穂木と言います)を、台木(繁殖用に育てた根付きの苗です)に接ぎ木すると、接いだ穂木から伸びてくる枝はすべてオトナの資格を受け継いでおり、幼若期の年数を待つ必要がありません。
成らない成らないとお悩みの樹が、もしタネから育てたものなら、まだかなりの期間成らない可能性があるので、辛抱してお待ちください。(あきらめて接ぎ木苗に植え替えたほうが早いかも。)
◆1.-原因Ⅱ) オトナにはなっているが子作りする気がない
オトナになったら花がたっぷりと咲くかと言うと、樹のカラダが小さいうちはあまり積極的に花をつけようとはしません。一応、オトナの資格を得たにすぎないと言えます。
地球と生物の歴史の中で、海の中にいた光合成生物が陸に上がったのち、太陽エネルギーの激しい争奪戦が始まりました。樹木は、相手のアタマの上に葉を広げ太陽光線を独り占めすることで競争に勝ち抜いた植物なので、基本的に背が高いのです。
背を高くするためには丈夫な幹を作って立ち上がる必要がありますから、何年もかけて幹を伸ばします。これくらい高くなれば隣の樹とのケンカに負けないだろうという最終サイズに向け、若い樹は、子作りなど二の次で、せっせと自分のカラダ作りに専念しようとする傾向があります。
森の広葉樹をながめてください。林冠から樹のアタマが出たあたりで、ドーム状に枝葉を茂らせ太陽の光を受けとめています。
隣の樹の方が高くてその蔭に入っているうちは、早く蔭を抜け出そうとして、樹はひょろ長くなります。さんさんと太陽光線を浴びることのできるようになって形成される半球状の枝葉ドームこそ、子作りに専念できるようになったオトナの象徴といえます。
枝葉を横方向に拡げるとカラダ全体に占める光合成部位の割合が増え、縦方向ばかりに伸びていた時代よりも炭水化物(光合成同化産物)が潤沢に製造されるようになります。この炭水化物の余裕が子作りをする原資となります。
プロの果樹農家さん達は、できるだけ早くに、また、あまり高くない位置にこの枝葉ドームを作らせるため、日陰を作る邪魔な樹を切ったり、曲げたり引っ張って樹を横方向に拡げたりといったワザをふるいます。果実が吸い上げてしまう養分というのは比率的に大変多いので、若いうちから、成った果実をしっかり育てるとそちらに養分が流れて、樹が必要以上に大きくならないというワザもあります。
なお、根の伸長を人為的に制限すると(にもかかわらず日光は十分量与えると)、根から吸い上げられる養水分に比べて、相対的に光合成同化産物が多い(余っている)状況を作り出すことができます。
強制的に作った疑似オトナ状態と言えますね。
鉢植えにするなどして根域を制限すると、盆栽やベランダ果樹のように背丈が低くても花を咲かせ実を成らせることができます。但し、この場合、成る果実の量はちょっとだけです。
◆2.-原因Ⅰ) 花は花でも、雄花なのでは?(つまり、樹がオス。)
雌しべと雄しべの両方が備わっている花を両性花といいますが、果樹の種類によっては、雌しべしかない雌花と雄しべしかない雄花が分かれていることがあります(雌雄異花)。クリやカキのように同じ樹に雌花と雄花が両方つくこともあれば(但し、カキの栽培品種の多くは雄花がほとんどつかない)、雌花しかつけない雌木と雄花しかつけない雄木が分かれている樹種(雌雄異株と言う)もあります(キウイフルーツ、ヤマブドウ、ヤマモモ、銀杏など)。雌雄異株の果樹を植える場合、雌木だけを植えたときは、どこか別の場所に生えている雄木の花粉を昆虫が運んできてくれて結実する可能性がなきにしもあらずです(でも、ろくに実にならないと思います)が、雄木だけ植えてしまった時は、雄花だけ咲いておしまいということになります。
◆2.-原因Ⅱ) 自分の花粉では、タネを作らない品種なのでは?
生物にとって、自分と異なる性質を持つグループと交配したほうが、双方の優れた性質を兼ね備えた子孫を残すことができ、グループの存続に有利です。
自分の雌しべに自分の花粉が掛かった場合、自分が最初から有している性質以上の子孫は出て来ない(隠れていた性質が子孫に顕れることはあるが)ので、あまり望むべきことではありません。しかし、自分の雌しべと自分の花粉とは近接していて掛かりやすく、放っておくと自分自身の掛け合わせばかりになってしまうので、自分の花粉が雌しべについた時には、いろいろと生理的に足を引っ張ってわざと受精しにくくする仕組みがあります(自家交配不和合性といいます)。ナシ、リンゴ、サクラ属果樹(モモ、スモモ、オウトウ、ウメ、アーモンドなど)、カンキツ類には、この自家交配不和合性が強く表れる品種があります。
これらの果樹では、系統の違う2品種を植える必要がありますが、面倒なのは、同系の親戚筋で、品種が違うのに自家不和合の組み合わせになってしまっていることがあり、植え付け前に調べておく必要があります。
ただ、自家不親和であることに後から気づいたような場合でも、系統の違う品種の枝を高接ぎして、適正な花粉原を作ってやれば大丈夫です。
◆2.-原因Ⅲ) 花が早く咲きすぎて凍えてしまうのかも
春の訪れの早い土地では、昼間のあたたかさに誘われて花が早く先過ぎてしまい、戻り寒波で花・幼果が凍害・霜害を被っている場合があります。開花中および開花後の雌しべや幼果を観察してください。活き活きとしたはずの雌しべの色が濁ったり、褐変したりしたら、低温障害かも。
営利的にはそんな土地に開園するなということになりますが、庭園果樹なら、風の通りを良くする(夜は空気が滞留したほうが冷える)、菰で巻く、遮光して萌芽を遅延させるなどの防霜対策があります。園芸書やネットなどで調べて対処してみてください。
果実中に入ったタネは果樹にとって大事な跡継ぎですから、樹はおおよそ果実ファースト、すなわち、他のパーツを削ってでも種子を守ろうとする振舞いをします。
しかし、果実や枝葉、根などのパーツ同士も、他の器官の栄養を奪い取ってでも生き抜こうと日々闘い合っており、花や果実が多すぎる際には、競争に負けた弱い花・果実から順にぽろぽろと落ちていきます。
また、雨が多すぎて光合成産物が足りない、雨が少なくて萎れてしまいそうだ、暑すぎて枝葉ばかりが勢いよく暴れている、全部の果実をおいしく熟れさせるのは無理だからちょっと早めに落としてしまえといった理由で、成熟前の果実を捨ててしまうことがあります。庭の果樹の実が、成るには成るけどたくさん落果して期待したほど収穫できないんですよということなら、それがその樹の判断した適正な子作りの姿(分相応な果実数に樹自身が調節している)なのかもしれません。
一方、毎年毎年ぼろぼろ落果してしまって全然収穫できませんということなら、樹にとって肝心かなめの種子がうまく形成されていないのかも。その場合は、花の時期に綿棒などで花粉(自家交配不和合があり得るので他樹の花粉がいい)を雌しべにつけてやり、種子形成を促すと着果が改善できるのではないでしょうか。
果樹は、条件の良い年にはちょっとがんばって果実をたくさん成らせ、そうすると疲れますから、回復のために1~数年果実を作らず休むことをよくやります。良く成る成り年と全然成らない不成り年を繰り返す現象を隔年結果といいます。
カキ、カンキツなどは強い隔年結果性を有していますし、それ以外でもおよそすべての果樹が大なり小なり同様の振る舞いをします。この隔年結果が起きると農家さんはたまったものではなく、果実がたくさん成った年は1個1個の果実が小さくなって単価が低く、果実が成らなかった年は、通常の管理費用はきっちり掛かるのに売るべき果実がありません。なので、農家さん達は、たくさん成り過ぎて樹が疲れすぎることを避けるため、果実を摘んで数を減らし、翌年も十分な果実を成らせることのできる体力を温存させようとします。
果実1個あたりこれくらいの枚数の葉がついていれば樹が疲れませんよという適正値(果実数/葉数で、葉果比といいます)があり、カキでは葉15~20枚、ブドウひと房は10~20枚、ナシ・リンゴでは30~40枚、ミカンで25~30枚、モモで20~40枚、キウイフルーツやイチジクは1果1枚(葉が大きいですからね)、ユズ・ブンタンで100枚などとされています。果樹は1樹に数千枚~数万枚の葉がついたりするので全部数えるのは無理ですが、そこそこのサイズの側枝を選んで実際に葉を数え、その葉数で果実何個養えるか、感覚をつかみましょう。たくさん実が成った年にはどんどん摘果をして1個の果実あたりの葉の枚数を増やしてやれば、次の年も安定して果実がとまるようになると思います。
1年前から龍谷大学に来て、附属農場近くに空いている農家を借りることができ、和式の庭付きの家に生まれて初めて住んでいます。
もともと果樹は1本も植えられておらず(大きくなって庭が暗くなるので果樹を避ける方が多い)、私も長く借り続けるわけではないので、果樹を植えていいものかどうか迷いつつ、ついついキウイフルーツとユズを植えてみました(加えて、鳥が種子を落としたと思われるビワが1本勝手に生えてきた)。
おいしかろうがおいしくなかろうが多少なりとも果実をつけてくれればそれでいいので、せいぜい庭園果樹栽培を楽しみたいと思います。