スペイン思想史を研究する私にとってスペインは第二の故郷。もちろん、スペインの食べ物やワインも大好きで、日本でもしばしばスペインの食を楽しんでいます。

スペイン料理店やスペインバルでの定番フードといえば、生ハムとチョリソーです。どちらも輸入食料品店や大型スーパーマーケットで売られているので、食べたことがあるという方も多いのではないでしょうか。また近年は、スーパーマーケットの精肉売り場ではスペイン産の豚肉を見かけることが増えました。現代の日本人にとって、スペインの豚肉は意外と身近な存在なのですね。

あまり知られていませんが、スペインは“豚肉大国”です。スペインは豚の飼育数が世界第3位で、豚肉自給率は170.9％（2018年）。EU最大の豚肉輸出国で、主な輸出先は中国、日本、韓国です。

スペインで養豚が盛んな理由は、気候・歴史といった理由があります。

生ハムで有名な「イベリコ豚」は、スペイン・イベリア半島に生息する黒豚品種です。イベリコ豚を名乗ることができるのは、スペインの公的機関であるイベリコ養豚協会により認証を受けたものだけ。イベリコ豚は、血統や飼育環境、飼料などによりランク付けされています。中でも、放牧され、自然のどんぐりなど条件を満たす餌だけを食べて育った「ベジョータ種」はスペイン政府により最高ランクと認定された高級豚肉です。

諸説ありますが、紀元前3000年にイベリア半島に住んでいたケルト・イベリア人がイベリコ豚の祖先を放牧していたともいわれています。イベリア半島周辺は年間降水量が500mm以下という、乾燥が激しい地中海性気候です。イベリコ豚は、このように乾燥が激しい過酷な環境で生き続けてきました。

1492年、スペインはユダヤ教徒を追放し、のちにイスラム教徒も追放することで、キリスト教による宗教的統一を果たしました。また、豚肉を食べない隠れイスラム教徒や隠れユダヤ教徒の取り締まりがおこなわれていました。ところが、その100〜150年後にスペインは国力を失ってしまいます。衰退の理由は、他宗教を排除することでスペイン社会が多様性を失ってしまい、非・寛容的になったことだといわれています。

スペインが信教の自由を認めるようになったのは、1978年に民主的憲法が成立して以降です。スペインが、他のヨーロッパ諸国と大きく異なるのは、中世にキリスト教徒・イスラム教徒・ユダヤ教徒が葛藤しながらも、お互いを認め合い共存してきたことです。そして現在はさまざまな宗教、人種、文化が影響し合いながら豊かな社会を築いているのですね。

スペイン産生ハムのなかで、もっとも有名なのが「ハモン・セラーノ」という銘柄です。「ハモン」はハム、セラーノは「山／高原」という意味で、その名の通り、山岳・高原地帯で作られます。ハモン・セラーノの原材料は、白豚の後ろ脚と塩のみ。ほかに必要なのは空気、温度、時間です。山岳・高原地帯の涼しい空気の中で、約9ヶ月〜50ヶ月かけてゆっくりと熟成させ、濃厚な甘みとコクを作り出します。

日本でも、「原木」と呼ばれる大きな生ハムを薄く削って提供するスペイン料理店やバルもあります。デパ地下や輸入食材を扱っている食料品店では、薄くスライスされた生ハムを購入することができます。

私自身は、スペイン産の生ハムをバゲットに乗せ、赤ワインと一緒に楽しむのが大好きです。これは、スペイン人にとっても“究極の組み合わせ”でもあります。生ハムは、原材料が豚と塩のみのものを選んでいます。豚肉の旨みがギュッと凝縮されていて、本当に美味しいんですよ。バゲットは、塩気がきいた現地の味に近いものが好相性。香りが良いオリーブオイルをひと垂らしするのもおすすめです。

日本で食べることができない、スペインの豚肉料理のひとつが子豚の丸焼きです。スペインの農村に住む友人家族は、12月頃になると豚をさばく「マタンサ」という行事を行っています。家族総出で、1頭丸ごとを余すところなく使い、ハムや腸詰めといった保存食を作ります。

子豚の丸焼きも、スペインならではの子豚1頭を丸ごと食べる料理です。多くのレストランではピザ釜のようなオーブンでグリルしますが、こだわりのあるお店なんかだと薪で焼いています。私が25年くらい前に現地で出会った、塩だけで味付けされた子豚はホロリと崩れるほど柔らかく、本当に美味しかったです。

読者の皆さんにもスペインで本場の味を試していただきたいところですが、日本でもスペインのさまざまな豚肉料理を体験することができます。スペインの歴史や文化を知り、スペインの食をもっと楽しんでもらえたら嬉しいです。