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ネコの町の「おいしい」秘密。絵本作家と研究者が語る、絵本と食べ物の幸せな関係~『なんじ なんぷん なんのじかん』対談~(前編)

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

ネコの町の「おいしい」秘密。絵本作家と研究者が語る、絵本と食べ物の幸せな関係~『なんじ なんぷん なんのじかん』対談~(前編)

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

生駒幸子先生の特別対談。今回は、絵本作家・きどまや先生をお招きして、最新作『なんじ なんぷん なんのじかん?』(ひかりのくに)をテーマに、絵本と食べ物にまつわる対談をお届けします。前編となる今回は、作品が完成するまでの知られざる道のりをクローズアップ。「美大は間に合わない」と言われた学生時代、保育実習での挫折、そして編集者との二人三脚で生まれた「ネコの町」の誕生秘話とは? 研究者ならではの視点と、作家のリアルな言葉が交差する、濃密な絵本談義です。

<書籍データ>
なんじ なんぷん なんのじかん?
絵:作 きど まや
出版社:ひかりのくに
出版年:2025年

きど先生と生駒先生の意外な出会い

生駒:きど先生と初めてちゃんとお会いしたのは、2023年のことでしたよね。「絵本学会」という学会の大会実行委員会でご一緒したのがきっかけでした。

きど:そうでしたね。懐かしいです。

生駒:正直に申し上げると、その時はきど先生が絵本作家だとは存じ上げなくて(笑)。私の勝手なイメージですが、梅花女子大学のご出身の方って、上品で可愛らしい方が多い印象があるんです。きど先生もまさにその通りで、「なんて可愛らしい方がいらっしゃるんだろう」と思っていました。

きど:優しく接していただいて、安心したのを覚えています。

生駒:その後、ご縁があって本学で「児童文化」という授業を担当していただくことになり、その時に初めて「えっ、あの時の可愛らしいきどさんが絵本作家さんなの!?」と驚いて。

きど: 1年だけピンチヒッターとして授業を担当させていただくことになったんですよね。

生駒:そうなんです。私たち研究者にとって、現役の作家さんのお話を聞けるというのは本当に貴重な機会なんです。作品が出来上がるプロセスや、編集者さんとのやり取りなど、外からは見えない部分をたくさんお持ちですから。今日は改めて、先生の創作秘話についてじっくり伺いたいと思っています。

きど:よろしくお願いいたします。

「美大は間に合わない」からのスタート

生駒:そもそも、きど先生が絵本作家の道を選ばれたのはどうしてだったのでしょうか? やはり小さい頃から絵を描くのがお好きだったんですか?

きど:そうですね。母の影響がとても大きいです。母がずっと読み聞かせをしてくれていて、家には常にたくさんの絵本がありました。私が高校生になっても、リビングには新しい絵本が置かれているような環境で育ったんです。

生駒:高校生になっても、というのは素敵ですね。お母様が意図的に環境を作られていたんでしょうね。

きど:進路を決める段になって、最初は「絵が好きだし、美大に行ってみたいな」と漠然と思ったんです。それで予備校に相談に行ったら、「今(高校3年生)からじゃ間に合わないよ」とばっさり言われてしまいまして。

生駒:ええっ、高3じゃ遅いんですか?

きど:「美大に行く子は高2の夏から始めてるよ」と言われて、あきらめざるを得ませんでした。それで他の道を探していた時に、母校である梅花女子大学に「子ども学科の児童文学・絵本コース」があって、そこなら大好きな絵本のことも学べるし、絵も描けるかもしれないと思って飛び込みました。

生駒:なるほど、そこで絵本作りに出合われたんですね。

きど:はい。大学で実際に絵本を作って、先生や友人に見てもらううちに、「これは楽しいぞ」とのめり込んでいきました。そのまま大学院に進んで、在学中に出版した『イヌのクニャン』(ジーグレイブ、2017年)という作品がデビュー作になります。

「向いていない」と言われた保育実習

生駒:きど先生は保育士の資格もお持ちで、保育の現場についてもよくご存じですよね。今回の絵本『なんじ なんぷん なんのじかん?』を拝読して、子どもの発達や時間の感覚をすごく丁寧に捉えられているなと感じたんです。

きど:実は私、学生時代の保育実習で、先生から「あなたは保育に向いていないかもしれない」と言われたことがあるんです。

生駒:えっ、きど先生がですか?こんなに穏やかな方なのに。

きど:保育の先生って、いつも元気で明るくて、ハキハキしているイメージがありますよね。私はどちらかというと静かなタイプなので、無理をしていたのだと思います。カレンダーを見ながら、一日一日を必死に乗り切っていました。

生駒:それは辛い(笑)。でも、私はそのエピソードを聞いて、逆に素敵だなと思ったんです。世の中にはいろんなタイプの子どもがいますよね。元気な先生が好きな子もいれば、穏やかな先生の方が安心する子もいる。だから、きど先生のような方が作る絵本には、押し付けがましくない優しさがあるんじゃないかなって。

きど:ありがとうございます。今回の絵本も「時計の読み方を教える」というテーマがあったんですが、私自身は「お勉強」を押し付けたくないという思いが強くて。まずは絵本として楽しんでもらいたい、その結果として時計に興味を持ってくれたらいいな、くらいの気持ちで作りました。

主人公は「人間」から「ネコ」へ ~大転換の裏側~

生駒:今回の『なんじ なんぷん なんのじかん?』ですが、最初は人間が主人公だったとうかがって驚きました。

きど:そうなんです。最初は人間の男性が主人公で、時間通りに起きて、準備をして、マラソン大会に行く…というお話を考えていました。

生駒:それがどうして、この可愛いネコたちの世界になったんですか?

きど:編集者さんにラフ(下書き)を見ていただいた時に、「前作の『ひっついた!!』のネコの世界観が楽しいから、登場人物を全部ネコに置き換えてみたら?」と提案をいただいたんです。

生駒:編集者さん、ナイスプレーですね!確かに、お兄さんやおじさんがマラソン大会に行く話より、ネコちゃんたちの方が子どもたちも親しみやすいかもしれません(笑)。

きど:やってみるとネコの方が動きも出しやすいし、描いていて楽しいんですよね。主人公も、最初は一人の男性でしたが、ネコにするなら2匹で暮らしている方が可愛いかなと思って、「チック」と「タック」というコンビが生まれました。

生駒:朝の支度のシーンもすごく細かいですよね。顔を洗って、歯磨きをして、服を着替えて…。

きど:あれも編集者さんのアドバイスです。「子どもたちが朝起きてから出かけるまでにすることを入れましょう」と。それで、コマ割りにして順序だてて見せる形にしました。ただ、準備した水筒を玄関に忘れていっちゃうんですけどね(笑)。

生駒:あるあるですね(笑)。そういうちょっとした失敗も描かれているのが、生活感があっていいなと思います。

1日平均8~10時間を1年間! アナログ画への執念

生駒:この絵本、ページをめくるたびにその「密度」に圧倒されます。ネコの町の住人一人ひとり、お店に並んでいる雑貨一つひとつまで、本当に丁寧に描かれていますよね。食べ物もたくさん出てきて、どれも美味しそうです!これは全て手描き(アナログ)なんですか?

きど:はい、透明水彩で描いています。最近はデジタルで描かれる作家さんも増えていますが、私はやっぱり紙に絵の具が染み込んでいく風合いや、偶然できる色の混ざり具合が好きで、アナログにこだわっています。

生駒:制作にはどれくらいの時間がかかったんですか?

きど:色塗りだけで、丸1年かかりました。

生駒:1年!?それは…他の仕事もしながらですか?

きど:大学の授業がある日以外は、ほぼこの絵本につきっきりでした。朝起きてから寝るまで、1日平均8~10時間は制作に向き合っていたと思います。

生駒:制作に生活のほぼすべてを費やした1年間…。私なら絶対に耐えられない(笑)。どうやってその集中力を維持されたんですか?

きど:人間の集中力ってそんなに長く続かないので、「25分~30分描いたら、必ず5~6分休む」というサイクルをタイマーで計って繰り返していました。そうすると、意外と長時間続けられるんです。ポモドーロ・テクニックというようです。

生駒:そんな方法があるのですね。それでも、これだけ細かい絵を描き続けるのは身体的にもきつくないですか?

きど:手元の細かい描写が多いので、拡大鏡をかけて描いていました。

生駒:拡大鏡まで!(笑)。そうやって作家さんが身を削って描かれていることを知ると、私たち読者ももっと隅々までじっくり見なきゃいけないなと背筋が伸びる思いです。

きど:いえいえ、気楽に楽しんでいただければ(笑)。でも、アナログならではの温かみを感じてもらえたら、苦労した甲斐があります。

生駒:群衆シーンの中に、前作の『ひっついた!!』に登場する「鼻にトカゲがついたネコ」が隠れているというお話もありましたが、あれも手描きですか?

きど:はい。ものすごく小さいですが、ちゃんといます。原画展の時に生駒先生も探してくださいましたよね?

生駒:探しました!でも、なかなか見つけられなくて…。「どこにいるの?」って聞いたら、「ここにいますよ」って指さされたところが、本当に米粒みたいなサイズで。「これは見えん!」って笑ってしまいました。

きど:『ウォーリーをさがせ!』レベルの難易度を目指したので(笑)。子どもたちは目がいいので、すぐに見つけてくれるんですけどね。

生駒:本当に、子どもたちの観察眼はすごいですからね。そういった「探し絵」の要素も含めて、何度でも楽しめる工夫が詰まっているんですね。さて、この絵本のもう一つの主役といえば、やっぱり「おいしそうな食べ物」です。次回は、そのあたりのこだわりをじっくり聞かせてください。

きど:はい、ぜひ! お腹が空くお話をしましょう(笑)。
(後編へ続く)