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土壌医って何?
  • TRIVIA
  • 2018.07.04

土壌医って何?

土壌に医者の「医」を充てる「土壌医(どじょうい)」は、お医者さんのように土の健康を診断し、不調を治す専門家のこと。

オーガニック、有機栽培、無農薬野菜を意識して選ぶ消費者が増えているように、農作物栽培の背景や環境にまで関心が向けられる時代です。なかでも「土づくり」は農作物を栽培するうえで欠かせない要素ですが、昨今の生活環境の変化や利益を優先した栽培、専門家不足などにより、土壌の栄養バランスの乱れが心配されているようです。

そのような状況を危惧して生まれたのが土づくりの専門家「土壌医」。今回は、土壌医の仕事や取り組み、企業との活動などについて、龍谷大学農学部の吉村大輔実験・実習助手に教えてもらった。

土の専門家である土壌医

編集部:土壌医の役割について教えてください。

吉村助手:近年の農業は環境を意識した栽培が重要となっています。
一方で、利益を優先し同じ作物を連続して栽培する連作などが盛んにおこなわれるようになり、土の栄養バランスが目減りしているような状況があります。
以前は農業改良普及員と呼ばれる人やJAの職員、経験豊富な農家の方々が土づくりの指導を行ってきましたが、土は化学、物理、生物と様々な側面から見なければいけないため、若い人材や後継者を育てるのに時間がかかります。
これらを改善するための土の専門家の安定的な育成と確保を目的として、2012年に土壌医の認定制度ができました。

編集部:認定制度なのですね、資格などが必要なのでしょうか?

吉村助手:一般社団法人 日本土壌協会が主催する「土壌医検定」をパスすれば土壌医として認定されます。資格と技術レベルによって、3つの等級が設けられています。土壌医検定1級の資格名が「土壌医」で、2級が「土づくりマスター」、3級が「土づくりアドバイザー」です。農林水産省のHPでもこの資格について、掲載されています。

編集部:土壌医の方は結構いらっしゃるのですか?

吉村助手:土壌医は2017年末で145名います。土壌医は、資格を取得した後も、単位などを申請して日々研鑽しなければ資格を失いますので、その人数は流動的ですが、この更新制度によって有資格者の信頼性が保たれているのです。

編集部:5年でたったの145名とは…結構難しい試験なのですね。

吉村助手:私も1級の一期生で資格の認定を受けています。今の試験がどれほどなのかは不明な部分はありますが、私の時は5年以上の指導経験や営農経験が必要で、知識も息をするように出てこないと筆記試験も時間が足りないほどでしたね。ある会場では合格者0というのも珍しくなく、難易度が高いと感じました。
また1級では、業績レポートの提出が資格試験に課されています。土づくりにおいてどのような活動を行ってきたかなどを報告し、基準に満たない場合は筆記試験でどれだけ優秀でも不合格となります。

編集部:なるほど、だから土づくりについて信頼してお任せできる専門家と言えるわけですね。

土壌医が診断する土の健康状態

編集部:土壌医は、土壌の不調を治す医者のようなものということですが、土の不調とはどのような状態のことでしょうか?

吉村助手:土の健康と聞くとピンとこないかもしれません。体温や血圧などで人間の健康を診断するように、土にも同じようなバロメーターがあります。土壌酸度(pH)や電気伝導度(EC)などがそれにあたります。これらの数値が適正範囲を超えると土の不調、つまり植物を栽培しづらい状況になります。
たとえば、私たちは、体調の良し悪しを診断するときに最初に体温を測りますよね。土壌では、まずpH(土壌酸度)を見てその土壌が今どういう状態にあるかを診断します。人が37℃以上の体温で体調不良とするように、土壌ではpHが5.5以下、7以上で問題のある土壌とします。
また、EC(電気伝導度)は人間で言う血圧のようなものになるでしょうか。
ECは栄養の目安であり、施肥量を増やすことで簡単に数値が大きくなっていきます。人間も食事をとりすぎると血圧が上がり病気になりやすくなっていきますが、それによく似ています。人間であれば血圧130以上で注意されますが、土壌ではECが2を超えると注意、3.1を超えると植物を枯死させる危険な状態となります。

編集部:なるほど!まさに健康診断ですね。

吉村助手:そうですね。また、土の栄養成分にも適度なバランスがあります。現在土壌学では17の元素が植物に必要な栄養素と言われています。それぞれの元素に適正値がありますが、栄養素同士で拮抗するものもあります。そのどちらが多すぎたりすると片方は植物に吸収されづらくなるなど植物の成長に影響を及ぼします。

編集部:人も体格や性別によって健康状態を保つバランスもそれぞれと思うのですが、植物によっても必要な栄養成分は異なりますか?

吉村助手:人間と同様に植物にも好みの栄養があります。稲はケイ素を、大豆はカルシウムを好みます。好みではなくても摂取しないと不調をきたす栄養素もありますね。

土の健康を見極めるには?

編集部:土が「痩せている」とよく聞きますが、どのような状態ですか?

吉村助手:地力という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
土を構成するものの一つに腐植と呼ばれる植物の死骸を始めとする有機物があるのですが、腐植が微生物により分解されることで、栄養を作り出します。これが地力です。この腐植が減り、地力を消耗した状態というのが、土が痩せているということになります。

編集部:なるほど、土が自分で栄養を作り出す力が弱まっている状態を「痩せている」というのですね。
資格がなくてもある程度土の健康を見極めることは可能ですか?農家の方は昔からそれを実践していたように思います。

吉村助手:土を観察するには、物理的、化学的、生物的な方法があります。物理的なものでは土の形状(緻密であるか、土の粒の大小など)を、化学的なものでは酸度(pH)や電気伝導度(EC)を測定器で、生物的なものではどのような生き物(ミミズや虫、時には微生物まで)などを観察します。
一般の方でもできる観察法としては、まず土の色を見ることです。例外はありますが、一般的には色が黒に近づくほど腐植(有機物)が多く地力に富みます。また昔の農家では、そこに生息する生き物などを見て土の良し悪しを判断していたようです。

編集部:昔は農家の方が土を触ったり食べたりして土の状態を確認しているようなイメージがあります。データの利用によって農業はどのように進化したのでしょうか?

吉村助手:触診し土を見ることは我々も行いますが、さすがに食べることはしませんね。
恐らくこのような行為は、土にどれくらいの栄養があり、地力があるかを知る方法だったのではないかと推測します。
現代では土を科学的にデータ化することができますから、土にどれくらいの栄養が残っているから施肥量をこれくらいにしようなど指標を決めることができます。このようなことをせず勘や経験だけに頼ると、肥料のやりすぎにより逆に作物が不健全になったりもします。例えばホウレンソウなどでは土を肥やし過ぎたため、シュウ酸濃度が高まりすぎて出荷停止になった事例もあります。

土壌医が担う日本の農業発展

編集部:土壌医は全国で活躍しているのですか?

吉村助手:各都道府県に県別の土壌医の会というものがあります。その地域における土のスペシャリストの集まりで、その地域で指導や調査、研究を目的としています。
近年活躍がめざましいのが、沖縄土壌医の会です。沖縄県の土壌は深い場所の植物の根の成長が阻害される傾向にあるため、この会が積極的に調査し農業の活性化を図っています。
企業では、ヤンマーなどでは土壌医の会などを設立し、社内での資格普及に努めているそうです。また、研鑽の場である講習会には肥料会社や農業法人なども多く参加し、公聴するだけでなく自ら発表なども行っています。

編集部:現在の土壌医の課題などはありますか?

吉村助手:私は仕事柄色々な方とお話する機会があります。農に詳しくない人に土のことを伝えることが難しいと感じています。今回のお話でも一言で言い表すことが難しい事例なども多くありました。もっと一般の方々にもわかりやすく土の重要性を語ることが出来たら素晴らしい資格になると思っています。

編集部:今後土壌医が発展することで、日本の農業発展に影響するのではと期待されていることはありますか?

吉村助手:土と植物が切り離せないように、植物と人間の食生活も切り離せません。つまり土は、人間の健康に密接な関係があると言えます。先にも記述したように肥えすぎた土は植物を危険な状態にするため、人間への健康被害も懸念されます。これは農業者にも土の事を正しく理解していない人がいる証拠でもあります。生産者が土壌医資格を取得することで食の安全へ貢献することができると考えています。
私自身農業で生計を立てていた時期があります。経験や勘がとても重要であると感じましたし、人によって言われることも異なるなんてこともしばしばでした。
そのことにより私は大きく戸惑いましたし、先は長いと観念したこともあります。しかし、土壌医資格は土づくりにおける基準になり新規就農者の指針になり得ると思います。また、現在すでに農業をされている方や関係者の方が学ぶ際も自身の経験や勘に当たる部分の見直し、より良い栽培法の発見などに繋がると考えます。

編集部:最後に、土壌医としての想いを教えてください。

吉村助手:土のことについて話す機会は多くありますが、いつも悩みます。それは土というものは複雑で一言では言い尽くせず、物理、化学、生物と多面的に見ていかなければ正しく理解できないという部分があります。専門的な用語も多く、化学を知らない生産者の方々とお話するときは本当に苦労します。
しかしながら、植物栽培をしていく際、植物の知識だけでは解決できないことも、土の知識をプラスすることで解決することも多くあります。
生産者の理想形は、従来より培ってきた経験や勘に加え、学問としての知識を有することだと私は考えています。

編集部:ありがとうございました!私たちも、土づくりの大切さを伝えていきたいと思います。

※参考
http://www.japan-soil.net/works.html
http://www.doiken.or.jp/2012-06-27-07-20-23/2014-07-15-06-59-53.html

吉村 大輔

吉村 大輔

よしむら だいすけ

龍谷大学農学部実験・実習助手

大阪府出身。公立和泉高校卒業。近畿大学農学部卒業後、農業法人で作物・野菜などの栽培を経て、大阪府立大学で果樹の管理を行う。この期間に農業技術検定や土壌医などの資格を取得し、現在龍谷大学農学部の圃場管理や指導・研究補助などを行っている。