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いも・たこ・なんきん
  • TRIVIA
  • 2018.10.10

いも・たこ・なんきん

甘さと酸っぱさ

「なんきん」とはカボチャのことである。いずれも女性の好きな食べ物として昔から伝えられてきた。

「焼き芋とカボチャは嫌いじゃあないけど、どうしてタコが女性の好物なんだろ」
首をかしげる現代女性も多い。それらしくもあるし、それらしくもない。奇妙な組み合わせである。

味の素(株)の大規模な嗜好調査によると、男と女は確かに好みの差が大きいらしい。世代による差と同じく好みの違いを形成する要素になっている。例えば、「酢の物」と「甘いもの」は女性のお気に入りらしいと調査担当者は語る。

「そういえば、うちの男たちも酸っぱいものは喜ばない」

そんな主婦も多いのではないだろうか。中年になって、やっと家人の作る酢の物が好きになった男性を私は何人も知っている。男の餌づけには時間がかかる。

「私は男だけど、酢の物も甘いものも好きだ」

酸っぱいも甘いも噛み分ける立派な男性も、もちろん少なくない。調査はあくまでも集団を対象にしているので例外は当然ある。それでも集計すると、一般的には先のような結果がでるようだ。調理科学の先生方の調査でも、同様な結果が繰り返し報告されてきた。甘さと酸っぱさは女性の好みなのである。

ケーキやお汁粉のお店は男にとって少し敷居が高い。瀟洒なスイーツのお店は女性の楽園だ。男はどうも居心地が悪い。周囲の視線も場違いを鋭く指摘しているようで身がすくむ。食べ物の好みも、生まれつきではなくて後天的に社会や文化が作り上げた性による違い、つまり「ジェンダー」で説明がつく部分もある。甘いものが好きなんて女の子みたい、そういわれて甘味から手を引いた男もいるだろう。しかしそれだけでもないようなのだ。最近の科学研究では、甘味に対する嗜好は、オスよりもメスのネズミのほうが強いという報告もある。

食べたらすぐにエネルギー

一方、束北大学や甲子園大学の研究では、甘さと酸っぱさの欲求は代謝の影響を強く受けているという。疲れてエネルギーが無くなると甘いものや酸っぱいものが欲しくなるのだ。

体格や体力が男女で異なれば、好みに影響する可能性もある。
「どうして女性特有の好みが甘と酸の二つなの」
もっともな疑問だが、専門家の間でもはっきりした説明はまだ無い。

そこでワタシは考えた。

新しい説が必要だ。ギョーカイに定説が無いなら新たに作らねばならない。大きな声では言えないが、この世界は先に言ったもの勝ちだ。
「女性は堅実だから甘いものと酸っぱいものが好き」
これが新しい仮説だ。

本当は「堅実」を「現金」と言いたかった。だが、世界三十億人を超える女性を敵に回すような無謀な表現は、断念せざるを得ない。

甘い味は砂糖などの糖分が豊富なことを知らせてくれる。食べたらすぐにエネルギーや血糖に変わる。即効性の味だ。酸っぱい味は果物のクエン酸や食酢のように、これもすぐにエネルギーに変わる物質の味である。酸っぱい味や甘い味の食べ物を食べれば、間違いなくエネルギーが得られる。

甘い味と酸っぱい味は、「速効でエネルギーになります」という確実な食べ物なのだ。わかりやすい。女性の好みは実に現金、いや堅実ではないか。

この説が正しいとすると、女性が好きな甘いチューハイなども、さしずめエネルギーに富む幸せなおいしさなのだろう。アルコールを飲むときには、利用できる糖分が乏しくなることは実験的にも確かめられている。アルコールとともに甘味を選択する女性の舌は正しい。

即効性のない男の嗜好

それに比べて、男が好きな麺類や丼や、居酒屋でつまむ酒の肴などは、でんぶんとたんぱく質が多い。甘さや酸っぱさは少ない。でんぷんとたんばく質は栄養素ではあるが、本質的には無味の物質である。

利用するには消化吸収が必要だ。役に立つかどうかは口の中ではわからない。嗜好調査によると、そんな空手形みたいな食材を男性は好んで食べる。酒もまた辛口にこだわる。即効性のエネルギーに背を向けて、やせ我慢して体力を誇示することが雄たる性の粋なのだろうか。
「だから、男は甘いのよ」
「お気楽なことね」
男の粋も返す言葉は無い。男は黙ってソバをすする。

出典「逓信協会雑誌」(平成18年4月号通巻1139号)

伏木 亨

伏木 亨

ふしき とおる

龍谷大学農学部教授、農学博士、龍谷大学農学研究科長

専門は農芸化学・栄養化学。「味覚と嗜好のサイエンス [京大人気講義シリーズ] 」ほか著書多数。日本香辛料研究会会長、日本料理アカデミー理事。平成24年日本農芸化学会賞受賞。平成25年飯島食品科学賞受賞。平成26年紫綬褒章受賞。