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TRIVIA 2020.09.08 西谷 将嗣

立ち呑み屋店主 『食』を読む。 〜十二食目〜

十二食目

『こまったさんのスパゲティ』寺村輝夫著 岡本颯子絵(あかね書房)

私はここで拙い書評を書かせていただくかたわら、本業として食関係の書籍を扱う専門書店かつ立ち飲み屋という変な店の店主をしている。

なぜ食関係の専門書店にしたのかというと、幼い頃から食への興味が高く(子どもの頃の楽しみは駄菓子を食べながら漫画の中に出てくる食事風景を眺めることだった)、自分の中に好みの本を選ぶ基準がハッキリとあったからだ。
要するに、食関係の書籍であれば自信を持って選書できると思ったのである。

周りからは食関係だけでよくそんなに沢山の本があるものだと言われることがあるが、食というのは人が生きる上でのハブの一つであるから、実は殆どのテーマについて食の切り口から語ることができる。

しかしながらそんな私でも驚いたのは、児童向けの書籍における食をテーマとした作品の多さだった。具体的なデータがある訳ではないが仕入れる本を探している時の感覚でいえば、特に低学年の子ども向けのものになるほど食をテーマにしたものがより多く見つかるように感じる。

これは食育の問題と共に、食べるという行為が早い段階でヒトの興味の対象になり得るせいではないかと推察しており、実際、幼少期の食体験がその後の人生に影響を与えたという人は多いと思う。

今回、取り上げる「こまったさんシリーズ」もそんな食をテーマとした児童文学の中の一冊で、ある世代の特に女性の中には幼い頃、このシリーズを読んでいたとか、このシリーズをキッカケに料理に興味を持ったという人も多いのではないだろうか。

「こまったさんシリーズ」の初版は1982年、「おはなし りょうり きょうしつ」と銘打ち、今回、取り上げた『こまったさんのスパゲティ』以降、カレーライスやハンバーグ、オムレツといった子どもたちに人気の料理を、主人公であるこまったさんが不思議な冒険をしながら学んでいくという内容が人気を博し、刊行数は全十巻に及ぶ。

著者の寺村輝夫は1950年代から90年代にかけて活躍した児童文学作家で、「こまったさんシリーズ」以外にも「わかったさんシリーズ」や「王さまシリーズ」(理論社)など多くの人気作品で知られている。

寺村作品の特徴は時に不条理とさえ思えるストーリー展開にあり、本作でも昼食にスパゲティを作っている最中に突然、鍋の湯があふれ出し、流れ出したスパゲティを追いかけていくうちに主人公は気づけばアフリカに辿り着いてしまう。

そこで見つけた大きな木の中のレストランで出会ったアフリカ象にレシピを教えてもらいながら、ライオンやしまうま、きりん達にスパゲティを作り、気がつくと再び自宅のキッチンにいるといった具合である。

大人の目線で言えば、主人公はスパゲティのお湯を沸かしている間に居眠りをして夢でもみたのだろうということになるのだが、この日常と非日常の境界の曖昧さはアニメ映画「千と千尋の神隠し」や「崖の上のポニョ」などの宮崎駿作品にも通ずるところがある。

寺村輝夫の作品には設定上は大人でも、その実は大人か子どもかわからない人物がよく登場するのだが、これは読者である子どもたちの中にある「大人」の部分に寺村が注目していたためではないかと私は考える。

当たり前のことだが、我々大人が子どもの部分を持ち合わせているのと同様に、子どももその成長と共に自身の中の大人を持っている。寺村はこの部分に注目することで、作品中に大人でありながらも子どもたちが身近に感じ共感できる人物像を生み出していったのではないだろうか。

本作の主人公であるこまったさんも家族を持つ歴とした大人のはずなのだが、どこか子どものようであり少女のようである。
寺村作品に見られる現実と非現実の曖昧さは、成長過程の子どもたちの中にある大人でも子どもでもない曖昧さの表れなのだろう。そう考えると、不条理に見えるこの物語が時代を超え、多くの子どもたちに支持されていることに納得がいく。

またこのシリーズのもう一つの魅力は、子どもでも作ることができる本格的なレシピである。子どもの心をつかむ不思議なストーリーと作ってみたいと思わせる本格的なレシピ。この二つが本シリーズの柱になっている。

本作ではミートソースのほかに、「スパゲティ・コン・ボンゴレ」「スパゲティ・コン・トンノ」と合わせて三つのスパゲティのレシピが紹介される。コンはイタリア語で「使った」という意味、トンノはツナ缶の事なので、それぞれ「あさりを使ったスパゲティ」「ツナ缶を使ったスパゲティ」ということになり、ボンゴレは現在の日本でも定番になっている。

大人でも作るのに少し迷うような料理のレシピが作中ではテンポよく簡潔に紹介されているが、それには絵を担当した岡本颯子氏の力も大きい。岡本氏は自身が絵本作家として数多くの作品を描く一方で「かぎばあさんシリーズ」(岩崎書店)や「こまったさんシリーズ」などの人気児童書の挿絵を担当している。

児童文学における挿絵の役割は大きく、本を読まない子どもたちにとっては挿絵の第一印象がその本を手に取るか否かの決め手になることも少なくないだろう。

人気を博した児童書の挿絵はいずれも読み手の心をワクワクさせるような絵柄のものが多いが、岡本氏の挿絵も同様でパステル調のあざやかな色使いの可愛らしい絵柄ながら料理や食材の絵は丁寧に描き込まれており、この不思議な物語や文章だけでは伝わり難い料理のレシピを直感的に理解させる役目を果たしている。

しかし、何よりこの作品を児童書でありつつ立派なレシピブックとして成立させているのは、著者である寺村自身の食への思いの深さだろう。

本シリーズ以外にも寺村作品では食がテーマになることが多く、「王さまシリーズ」では野菜嫌いの王さまに何とかして野菜を食べさせようとしたコックが牢屋に入れられてしまったり、卵好きの王さまが大きな目玉焼きを作るために象の卵を探しに行ったりするエピソードが書かれている。

本作の後書きで寺村は読者である子どもたちに向け、かなり本格的なスパゲティの解説を書いているが、これは大人が読んでもなるほどと思うような内容である。
私は、子どもに対しても手を抜くことなく真剣にスパゲティのことを伝えようとする姿勢にこそ、寺村が子どもたちの未来に無限の可能性を感じ、児童文学を書き続けた思いが表れている気がする。

最後に余談だが本作の初出は1982年であり、最終巻「こまったさんのシチュー」の刊行は1990年であるから、今を遡ること30〜40年前になる。そうすると、取り上げられるレシピや料理についての後書きなどは、当時の文化風俗を記した立派な史料として民俗学的にも価値あるものになりつつあるのではないかと思うのだが如何だろうか。

写真/伊藤 信  企画・編集/吉田 志帆

西谷 将嗣

にしたに まさつぐ

京都四条河原町の路地裏にある「レボリューションブックス」店主

「食」の本を専門に取り扱うだけでなく、立ち呑み屋として酒肴一式を、またカフェスタンドとしてコーヒーも供する新時代の書店として注目を集める。言わずもがな“本の蟲”であり、読書は生活の一部。愛読書はアイン・ランドの『水源』。
https://revolutionbooks.jp/