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TRIVIA 2020.11.11 島 純

酵母の生きるすべ

講義や講演の際に、「酵母は私たちの食卓に最も貢献している微生物です」といった言い回しをすることがある。人間の目線からすると、それはある意味で当たっているのかもしれないし、大きな意味では生物間共生の一形態と言ってもよいのかもしれない。ともすると、生物と生物の共生と言う表現は、何かとても心地よく感じてしまう。

小さな生き物「酵母」

もう一度、人間の目線に戻ろう。パン酵母とよばれる小さな生き物は、小麦粉からなる生地をふんわりと膨らましてくれる。清酒酵母は、華やかな香りと深みある味わいを日本酒に与えてくれる。ワインやビールのケースにおいても同様な図式がみえる。酵母の目線(そういうものがあればだが)で考えれば、人類に素敵な発酵食品を提供しようと考えるものだろうか。間違いなく、答えは否である。生物学的には、酵母は酵母なりの「生きるすべ」を追求しているだけと考えるのが妥当なのだろう。互いを単に利用しているだけと言うと身も蓋もないが、何かそれだけは言い尽くせない偶然や巡り合わせのようなものが存在しているような気がしてならない。

ずいぶんと話がそれた。コロナ禍において、「おうち時間」をパン作りに活用する方々へ役に立つブログをとの依頼をもらっていたのであった。自家製のパン種をブドウなどの果実から起こし、パン作りをされている方も多いように思う。巧妙に種を起こすことが自家製パンの重要なステップであるし、それを上手に維持管理する細かい工夫も必要である。具体的な手法は他稿に譲るとしても、生物である我々が生物である酵母を操るのは、なかなか厳しいハードルの高い作業と言える。

生物と共生していくこと

読者の中には,酵母という生物とウイルスという半生物の異なりをすんなりと理解するのが難しく思える方がいるのかもしれない。微生物学を生きるすべとする筆者にとっても。同じく理解は簡単なことではない。私たち人類が酵母を扱うことに多くの時間と労力を要してきたように、新型ウイルスと向き合うにも多大な労力は必要であろう。しかしながら、私たちが酵母との付き合い方を身につけて美味にあふれるパンを作ることが可能になったように、新しいウイルスとの洗練された付き合い方を習得することは確実に乗り越えられる課題であるように思える。

島 純

しま じゅん

龍谷大学農学部植物生命科学科教授、博士(農学)

専門は農芸化学・応用微生物学。特に、最近は、微生物探索が興味の中心になっている。平成17年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。平成23年発酵と代謝研究奨励賞受賞。

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