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ノープロテイン、ノーライフ!の、その前に。S&Cコーチが伝えたい「体力」の話。vol.1

青木 達・酒井 崇宏

S&Cコーチ

ノープロテイン、ノーライフ!の、その前に。S&Cコーチが伝えたい「体力」の話。vol.1

青木 達・酒井 崇宏

S&Cコーチ

筋肉のプロがプロテイン愛を語り尽くす異色の企画⁉︎

ノープロテイン、ノーライフ!」から、早1年。

反響に応え、S&Cコーチの青木達さんと酒井崇宏さんが再登板。

トレーニングで得られる「体力」の大切さを説きます。

改めて、S&Cコーチって?

編集部:まず最初に改めて、お二人の自己紹介といいますか、ストレングス&コンディショニングコーチ(以下、S&Cコーチ)のお仕事内容についてご紹介いただけますか。
青木コーチ:アスリートを対象に、体力面を向上させるのが僕たちS&Cコーチの仕事です。中でも筋力トレーニングのサポートが仕事の大半を占めます。ストレングス(筋力)が肩書きの前に出ているぐらいなので。
編集部:それぐらいアスリートには筋力が重要、ということですね。S&Cコーチを置いている大学は一般的なんですか?
青木コーチ:チームと契約する形はありますけど、フルタイムの雇用は非常に少ないと思います。
編集部:導入されてどれぐらいなんでしょうか。
青木コーチ:正確な年度は分からないんですが、1994年にトレーニングセンター発足のタイミングでコーチを置くことになったんです。僕がコーチを目指したのもこの頃でした。

編集部:1994年とは、かなり前ですよね。先駆けと言ってもいい?
青木コーチ:そうですね。大学ではこれまでに類のない施設を作ろうと聞きました。
酒井コーチ:S&Cコーチは中学の保健の教科書で紹介されているんですよね。スポーツを支える人と。
青木コーチ:スポーツチームには監督と選手だけじゃなくて、色んな一味がいるんですね。その一人が我々です。
酒井コーチ:技術を教えるコーチがいて、僕らのような体力を教えるコーチがいて。
青木コーチ:プロ野球の球団ではトレーニングコーチと呼ばれることが多いですが、仕事の内容はS&Cコーチ。ラグビーはS&Cコーチという呼称が多いですね。大学でもラグビーの強いチームにはS&Cコーチがいると思います。
酒井コーチ:フィジカルな種目で求められることが多いのですが、あらゆるスポーツにS&Cコーチは関わっています。
編集部:例えば、オリンピック種目であればアーチェリーとかも? あまりフィジカルなイメージはないですが。
青木コーチ:そういうところなんですよ、「体力」は。いらんやんと思いがちですけど、これがいるんです。
酒井コーチ:アーチェリーの選手は体がブレることなくピタッと止まるじゃないですか。それは平衡性という体力なんですよ。
青木コーチ:東京の国立スポーツ科学センターでは、あらゆる種目の選手がS&Cコーチの指導を受けながらトレーニングしています。もちろん、パラスポーツの選手もそうです。

「体力」って、なんですか?

編集部:今回のテーマは「体力」ということなんですが、体力という言葉は知っていても、それについて深く考えたことってなかったなと。
酒井コーチ:体力は大きく「行動体力」と「防衛体力」に分けられていて、僕たちがトレーニングで高めているのは「行動体力」。行動体力も細かく分けられます。バトミントンとバレーボールで求められる体力が違うように、僕たちもそのスポーツにどんな体力が必要なのかを考え、それに応じて年間計画を立てて選手に処方するということをしています。途中途中で体力測定を行なって、その段階ごとに適したプログラムを提供していく。

編集部:そういえば、体力測定も何も考えずに受けていました。結果が届いても、私、握力弱いなぁで終わる(笑)。
青木コーチ:では、握力を強くするにはどのようなトレーニングが必要かを考えて指導するのが僕らの仕事。で、競技によって優先順位があるんですよね。例えば、僕は柔道部を担当しているんですけど、走る競技ではないので、その競技に応じて、必要な体力だけを測定して抽出すると。なので、競技を知るということが大事ですね。この競技にはどのようなものが必要なのか、我々が噛み砕いて彼らに指導する。チームとスケジュールを逆算しながらトレーニングの時間を調整します。
酒井コーチ:僕たちはトレーニングすることで、体力の適応を促しているんです。
編集部:適応?
酒井コーチ:例えば、重いものを毎日持っていると、もっと重いものが持てるようになったり、毎日、ふた駅分を歩いていたら、最終的にはフルマラソンを走れるようになったりとか。
編集部:あー、なるほど!
酒井コーチ:体には負荷に慣れる仕組みがあるんですね。同時に、トレーニングは刺激なので身体を疲労させます。効率的、効果的に回復させるためには食事による栄養や休養が大事になってきます。

編集部:逆にいうと、コロナ禍では体を動かさないことに慣れてきている。それもある種の適応なんですね。
青木コーチ:動く時間がなくなると、動かさないことに慣れてしまうので、次に動かすときに億劫になってしまうんです。
編集部:体力がないことがスタンダードになってしまうと。
青木コーチ:水準が下がってしまうんですね。下げないためには普段から体を動かすことが何よりも大事です。
編集部:そう。頭では分かっているんですけど、ついだらだらしちゃう…。
酒井コーチ:人間は良くも悪くも慣れる生き物なんですね。
編集部:でも、きちんと体力を身につければ、やれることも広がるということですよね。
酒井コーチ:そうですね。パソコンのOSのアップデートで使えるアプリケーションが増えるみたいなイメージ。
編集部:それは分かりやすい例えですね。
酒井コーチ:体力を身につければできることが増えるということです。

体力づくりに、近道はない。

編集部:とはいえ、私たちも毎日仕事で時間は限られていますし、ショートカットで体力を身につけることはできないものなのでしょうか。
青木コーチ:それができたら僕たちの仕事はなくなってしまうんですよねぇ。コツコツを促すのも僕らの仕事。もちろん、やる気が出ない日もあると思うんですよ。でも責めるのではなく、それはそれで受け入れてあげる。
編集部:優しい。
青木コーチ:体力の話とは違うんですけど、例えば、女子選手にちょっと髪切ったんやなと言ってあげると、そうなんです、ちょっと切ったんです、誰にも気づかれなかったのに!  って。そうすると、いつもよりトレーニングを頑張ってくれたり。男子選手の靴が変わってたら、カッコえぇな、なんぼすんの?とかね。しょうもないことなんですけどね(笑)。他にも、パフォーマンスが足りていない子が試合で活躍したところをちゃんと覚えていて、ここを頑張ったらもっとよくなるよねとアドバイスしたりとか。細かなことですが、トレーニングを促すためにも日々のコミュニケーションを大切にしています。

編集部:トレーニングしてもらわないことには変わらないですもんね。
青木コーチ:トレーニングっていうのは競技と違って、とてつもなく地味なんです。地味な作業をいかに続けてもらうか。
編集部:しかも毎日ですよね。いや、むしろそれが一番難しいような。そんなことないですか?
青木コーチ:一番難しいです。だって、単純に重たい重りを上げたり下げたりするだけですよ。これだけに命かけてやっている感じですよ!
編集部:(笑)。お二人のような頼れるコーチがいる学生さんが羨ましいです。では、コーチのいない私たちがトレーニングに取り組むにはどうしたらいいですかね。
青木コーチ:明確な目標があった方がいいですね。例えば、このズボンをカッコよくはけるようになりたいとか。そして、できているかを他人に見てもらうのが大事なんです。SNSで宣言してもいい。
編集部:それいいですね。私もやろうかな。
青木コーチ:皆が見ているので取り組まざるをえないですよね。あと、だらだらやるよりも期間を決めてやった方がいいですよ。

筋力は、ややこしい。

編集部:確か、トレーニングは3ヶ月ぐらいしないと効果が出ないとか。
酒井コーチ:それはその人の体力レベルや、どの体力を高めるかにもよりますね。
青木コーチ:持久力は頑張ったらすぐ身につくんですけど、筋力は適応まで時間がかかる。また持久力はすぐに元の水準には戻せるんですが、筋力は年間通してずっとちょっとずつやっていかないとだめなんです。
編集部:ということは、体力の中でも最も厄介なのが筋力だと。
青木コーチ:そうなんです。筋力がややこしい。
酒井コーチ:あと、体が疲れている状態でトレーニングをやっても効果は薄かったり。
青木コーチ:個体差はありますが、例えば、全くトレーニングしていない人がトレーニングを始めるとすごく伸びていきます。脳から筋肉への指令がパイプだとしたら、トレーニングをすると詰まりが解消されて通りがよくなるんです。でも、これを大きい筋肉にしようと思ったらこのパイプも大きくしていかないといけないんですけど、これがなかなか大きくならない。学生の場合、3、4回生になると伸びてこなくなるんですよね。

編集部:ダイエットの停滞期のような感じですかね。
青木コーチ:そうです、そうです。同じような感じだと思ってください。そこで刺激の異なる色んなトレーニングをしてパイプを拡張させるんです。
編集部:あの、素朴な疑問なんですけど。筋肉って選手によるというか、スポーツの種目によって全くつき方が違うじゃないですか。あれはどういうことなんですか?
酒井コーチ:筋肉には大きく分けると二つのタイプがあって、すごく強く力を出せる瞬発力のある筋肉と、持久力はあるけどあまり力を出せない筋肉があって。白い筋肉、赤い筋肉とか言われますね。で、後者の方が細いんです。マラソン選手とかが備える筋肉は、いわゆる赤い筋肉ですね。
青木コーチ:赤はヘモグロビンが多く、白がヘモグロビンが少ない。回遊魚であるマグロの身は赤いですよね。よく動いて釣り甲斐のあるスズキの身は白い。イメージはそんな感じです(笑)。細い筋肉をつけたいのであれば、筋トレばかりをやると太くなる可能性はありますね。ただ有酸素運動をすると脂肪の燃焼が高くなるので、割合の問題なんです。僕らは専門家なので、その割合を調整するのも仕事のひとつですね。ちなみに、筋トレを毎日やれば痩せるわけではありません。毎日しても、いつも車で移動していたら意味がない。

高度な「体力の専門家」。

編集部:先ほどお話しされていた、パイプを拡張させるためのプログラムは、選手一人一人、全く違うということですよね。
青木コーチ:そうです。持つ重さもそれぞれ違います。
酒井コーチ:でも難しいのが、内容を決めすぎると学生が考えなくなっちゃうので、学生自身が主体的に考えられるようにあえて余白を設けたり。
編集部:筋肉トレーニングと言うと男性的なイメージですけど、女性的な細かな気遣いも求められる。
青木コーチ:コーチというのは高度な専門職なんですよ。すごく高いレベルでマネージメントもいる、トレーニングさせて成長させないといけないとか、あらゆるスポーツ関係の周りにあることをトータルして仕事にしている。だから、誰しもできる仕事ではないと僕は思っているんですけど。

酒井コーチ:競技によっては引退した選手がやる仕事というように思われていることもありますが、S&Cやコーチングには専門的な知識が必要です。
編集部:トレーナーとは違うんですもんね。
青木コーチ:そこがごっちゃになっている方も多いと思います。僕らの業界にはアスレチックトレーナーという言葉がありますが、彼らが何をしているかというと、怪我をした選手を復帰させるまでの道のりを上手に作ってくれる人たちなんです。マイナスをゼロに近づけるのがトレーナーだとしたら、僕らはプラスを増やしていく。
編集部:リレーのように。
青木コーチ:そう。なので、一緒に仕事をすることもありますよ。S&Cコーチの存在が広まれば、「体力の専門家」というのがよく分かっていただけるとかと思います。

編集部:「体力の専門家」という表現はすごく分かりやすいですね。ちなみに、S &Cコーチにはどういう人が向いているんですかね。
青木コーチ:まず、トレーニングが好きな人じゃないと続かないと思いますね。あとは、プロテインが飲める人!
編集部:前回に続き、来ましたね(笑)。
青木コーチ:これはマストですね。飲み方だけで2、3時間は話せる同業者はいっぱいいるんでね。メーカーの話とか、あとはドロドロ派とか、サラサラ派とか。
酒井コーチ:僕の最近の推しはキャラメルホワイトチョコレート味。これをブラックコーヒーで割ると美味しいんです。
編集部:どこぞのコーヒーチェーン店にありそうな味ですね。次回はプロテインの食レポとか面白そうですね。
酒井さん:いいですね〜。

トレーニングの敷居を下げよう。

編集部:ステイホームでトレーニングに目覚めた人は多いと思うのですが、お二人は家ではどのようなトレーニングを?
酒井コーチ:僕はストレッチとかジョギングとか。あとは公園でスキップしたり。
青木コーチ:トレーニングって、別になんでもいいんですよね。自転車で遠出もトレーニング。
編集部:え、そういうのもカウントしてもいいんですか? トレーニングと聞くと、昭和生まれなので、どうしてもスポ根系のハードなやつを想像してしまうんですよね。トレーニングというワードが、なんかもうハードルが高いイメージで。
酒井コーチ:なるほど。
編集部:ストレッチもトレーニングなんですか?
青木コーチ:そうですよ。仕事帰りにひとつ手前の駅で降りて歩くのもトレーニング。

編集部:まずは、自分の中でトレーニングの敷居を下げることが大切な気がしますね。そうか、ひと駅歩くのもトレーニングなのか。
酒井コーチ:スポーツ庁も推奨していますよ。最近は通勤用のランニングシューズも販売されていますしね。
編集部:散歩ぐらいのスピードでもいいんでしょうか。
青木コーチ&酒井コーチ:全然、大丈夫です!!!
編集部:いきなりスクワット100回とかしなくてもいいということですよね。よかった。
酒井コーチ:運動を習慣にすることが一番大事。仮に週1回でも、それは習慣です。
編集部:毎日やらなくてもいい?
酒井コーチ:週1回、10分でもいいですよ。で、習慣を作って自信がついたら、週2回にしてみる。それがちょっとずつ増えていけばいい。
青木コーチ:僕はトレーニングをするうえで何が大事ですか?と聞かれた時は「継続です」と答えるようにしていて。続けないことには体力は向上しないんです。

糖質オフは、ほどほどに。

編集部:週1でもいいならがんばろうと思えますね。あとは、食事も大事ですよね。
青木コーチ:食事は筋肉を作るタンパク質もそうですし、炭水化物も大事。最近は糖質オフが推奨されていますけど、炭水化物は体のエネルギーになるものですから。車でいうガソリン。大きいエンジンは筋肉ですね。
編集部:前の回でタンパク質の大切さを教えていただきましたが、炭水化物も同じぐらい重要だと。
酒井コーチ:体を動かすガソリンという意味でそうですね。炭水化物にはGI値といって血糖値の上がりやすさを示す値があります。例えば、試合前にはGI値の高いもの、ダイエットにはGI値の低いものが推奨されます。パンなら、フランスパンはGI値が高く、全粒粉のパンはGI値が低いです。

編集部:パンはパンでもフランスパン?
酒井コーチ:炭水化物は餅や食パンのように白いものほどGI値が高い傾向にあって、ライ麦パンや玄米など、色付きは低いんです。あと、基本的に身体は炭水化物と脂質をエネルギーにして動いていて。長く動けば動くほど脂肪を使い、短時間の爆発的な運動ほど糖質を使う傾向があるんです。マラソン選手は体についている脂肪を使うので、どんどんスリムになっていく。
青木コーチ:脂肪は溜まりやすいんですよね。なぜ脂肪を蓄えるとかいうと、要はガソリンをプールしているんです。炭水化物は肝臓と筋肉にしか貯められないので、脂肪は体全体に溜めやすいようにできているんです。ガソリンの炭水化物の蛇口はひねるとドバーッと出ますけど、脂肪の蛇口はチョロチョロとしか出ない。でも、長い間やると出すようになるんです。
酒井コーチ:すぐ使えるキャッシュが糖質で、貯金が脂肪という感じですね。
編集部:なるほど。

写真/伊藤 信