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国産の葡萄酒もいいんじゃないか

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

国産の葡萄酒もいいんじゃないか

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

最近、国産のワインが元気だ。明治の終わりに日本人向けに発売された赤玉ポートワインを持ち出すまでもなく、かつての日本のワインは独特の味わいであり、国際的といえるものではなかった。長い間日本には酸っぱさを楽しむ酒は育たないと信じられてきた。最近では、ブドウの名産地である山梨や信州などを中心に世界に通用する国産ワインの生産に向けて、若い醸造家たちの熱気が溢れている。国内での知名度はまだまだであるが、すでに国際レベルと評価の高いブランドの数も非常に多い。

食べておいしいブドウがワインの原料に最適というわけではない

ブドウがワインの善し悪しを決める要因であることは論を待たない。ブドウ畑の日当たりや水はけ、土壌の成分などがブドウの果実に微妙な違いを与え、醸造結果を大きく左右することは事実である。昔からおいしいブドウの産地であった山梨県周辺にワイン醸造所がたくさんできたことは不思議ではない。しかし、実際には食べておいしいブドウがワインの原料として優れているわけではないようだ。むしろ、ワインの原料ブドウは食べたらまずいのが普通である。

赤ワインならば、ブドウの皮に含まれるタンニンが重要である。甘い果肉は必ずしも最重要ではない。むしろ、種が大きくて外形が小粒の、食べたらまずそうなブドウのほうが、皮の割合が高くてタンニンの利いた良質のワインができるという。ワイン原料として定評のある有名なブドウの品種も積極的に導入された。独自の栽培のノウハウも蓄積されている。1本の木にあまりたくさん実を付けさせるのも良くないそうだ。高級ワインを目指すためには、ブドウの育成にも気を遣う。

近い将来、日本のワインは世界最高ブランドの1つになる

何よりも地元のワイン醸造家には元気な若い人が目立つ。香り成分や味覚などの研究にも時間を惜しまない熱心な人が多い。理論家もいる。片や、グルメ日本の消費者の舌はずいぶん肥えてきた。おいしいものができれば一躍注目される土壌が出来上がっている。近い将来、日本は世界のワイン産地の中でも重要な地位を占めるようになるに違いない。国産ワインはヨーロッパのワインに比べると値段は格安なので、高いレベルのワインを安価に楽しめる今はチャンスだ。

ワインの産地の多くは日本よりも緯度が高い。朝夕の寒暖の差も良質のブドウ生産には欠かせない。山梨周辺では、温暖化のせいか、良質のワイン原料ブドウに適した畑の標高が昔より200メートルほど上昇したという。暑くなったのでより高い山の上の方に畑を移動せざるを得ないらしい。

和食に合うワインの開発も課題である

世界中で日本の和食が注目を集めてきている。名醸ワインの産地フランスでも同様だ。寿司や刺身ばかりでなく、うま味のある和食の味わいを好む人も増えてきた。しかし、和食に合うワインがなかなか見つからない。定評のある白ワインでも、和食には甘すぎたり酸っぱすぎたりする。
「日本には、和食に合うワインがあるのでは」
期待して問い合わせてくる欧米の業者も多いそうだ。すでにフランス料理の世界では素材の美味しさを生かす方向に舵が切られている。日本料理との距離が次第に縮まってきている。食が変われば酒も変わる。遠からずワインの味にも変化が現れるはずである。そのお手本として和食に合うワインは重要なコンセプトになるだろう。

しかし、和食との相性という意味では、清酒に肉薄するほどのワインはまだまだ少ないのが現状のようである。このギャップを埋めるのは日本のワインなのかヨーロッパのワインなのか、興味深い。

清酒は食べ物の余韻が残る舌を洗って消えてくれる、次に食べるものに酒の味の余韻を引っ張らない。うま味のような繊細な味わいも壊さない。一方、ワインの多くは、非常にドライと言われるものでも、まだ食べ物と真っ向から勝負しようとする。一歩下がって食べ物のじゃまをしない奥ゆかしさが、ワインにはまだ欠けているようだ。
 
酒盗や数の子、ウニにこのわた。これらを違和感なく食べられるワインを造るのは難度が高い。そこまではすぐには無理としても、せめて、生牡蠣や、刺身、寿司などを、もっとおいしく食べさせてくれるワインがあってもいい。野菜の煮物のうま味を引き立てるワインも欲しい。和食と相性のいいワインの製造は日本の醸造家に期待される目標の一つである。

出典「逓信協会雑誌」(平成20年5月号通巻1164号)