相乗効果の例は味覚に限らず随所にあるが、両者の協力でアウトプットが何倍になったかを確定することは難しい。確定できるものではないというほうが正確である。
例えば、ある会社の営業部には2つのチームがあったとする。Aチームは優秀で月平均の売り上げが500万円。Bチームは100万円。合計600万円。そこで営業部長が考えた。個性の違う2チームを協力させよう。
結果は顕著で、2チームが協力すると思わぬ効果があり、1ヶ月の売り上げは600万円から3000万円にもなった。この条件での相乗効果は6倍。
2チームが課員を半分ずつ出して協力すると売り上げは課員半数分に相当する300万円から2100万円になった。この場合は効果は7倍。
Aチームの5分の1とBチームの半分の人を出し合うと、従来の250万円から500万円に増加した。この場合は2倍の効果。
いずれも単純な足し算をはるかに超えており、相乗効果があったことは間違いない。ただし、協力による効果は条件によって違う。課をまたいだ協力が何倍の効果を生むか、数字は一概には言い難い。
出汁の相乗効果も同じである。うま味の相乗効果はグルタミン酸とイノシン酸濃度、配合割合によって異なる。一律には表現できない。
営業成績のような数字が出るものはまだ簡単だが、感覚は数値化しにくい。
最初に考えられたのは味を感じる最低濃度、つまり閾値の利用である。うま味溶液を限界まで薄めていくと味がわからなくなる。うま味と正しく判断できる人が被験者全体の3分の2を超える最低限の濃度をうま味の閾値とした。うま味の強さは容易には測定できないが、有無はわかる。
水にグルタミン酸ナトリウムを溶かすと閾値は0.015%であった。この濃度を超えると、多くの人はうま味を感じられる。ところが、グルタミン酸ナトリウムを0.19%の薄いイノシン酸溶液に溶かすとグルタミン酸ナトリウムの閾値は100分の一の0.00014%にまで下がった。100倍以上鋭くなったのである。この条件では見かけの相乗効果は計算上は100倍以上である。
閾値すれすれの出汁のうま味を評価するのは実用的ではない。しかし、うま味とはあまり関係がないように思われてきたワインと料理の関係などは閾値レベルでも重要かもしれない。
ワインは主に香気成分のマリアージュが議論されてきた。ワインのアミノ酸含有量は低いので、味としては糖質、酸度や苦味、さらに渋味が話題になってきた。
肉類やキノコ類のような核酸系のうま味が豊かな料理に対しては、わずかのアミノ酸系のうま味がワインによって足されると相乗効果のおかげでワインに不思議な味わいが生まれるかもしれない。
日本ウォーターズ社の高速液体クラオマトグラフィー解析によると、ブドウ果汁に含まれるアミノ酸の大半はプロリンである。カベルネ、メルロー、シラーズなどの赤ワインには一般にプロリンがわずかに含まれているだけである。一方、シャルドネやSブランなどの白ワインにはグルタミン酸やアスパラギン酸などが0.003%程度含まれている(同社のHPより)。
白ワインの0.003%はグルタミン酸ナトリウム単独のうま味閾値に届かないが、前述のように、イノシン酸が共存すれば十分に相乗効果を発揮してうま味が認識される濃度域である。今後、ブドウの品種改良が進めば、うま味系のワインが生まれる可能性はある。
ちなみに日本酒には、グルタミン酸やアスパラギン酸などのうま味系のアミノ酸はそれぞれ0.03%と豊かである。これは白ワインの10倍程度の濃度である。(清酒に含まれるアミノ酸の分析について 三井俊 愛知産業技術総合センター2016年)
出典:(一社)日本ソムリエ協会「Sommelier.jp」