パリで1週間食事をしたことがある。肉の美味しさやハーブ、うま味の効いたブイヨンとこってりした油脂のソース。どれもおいしくて満足感が高い。それでも、数日後には日本のうどんやラーメンが食べたくて仕方がなかった。欧米の食には確かにうま味の印象が足りない。
我慢できなくて駆け込んだ中華料理店の味には、求めていたうま味の満足感が強烈に感じられ、うま味に飢えていたことが自覚できた。翌日食したうどんも同様であった。落ち着いた気分と同時に、質の違う満足感があった。
フランス料理は胃の上部がもたれる感じがするのに対し、日本のだしの効いた料理は食べ物が胃の底の方に届く感じがする。はっきりしたデータは持ち合わせていないが、おそらく食品の主要成分によって消化管ホルモンの分泌動態も異なるのだろう。うま味は日本人の体が欲している。長年の習慣の蓄積である。
料理の味わいで最も特徴的なのは、欧米の料理のインパクトの強さである。濃厚な油脂や乳製品の風味が、派手な味わいを演出している。疲れるけれどインパクトが強い。一方、日本のだしのうま味は、料理全体の調和を演出し、料理自体のインパクトは控えめである。日本料理では障りのないことが重視される。食材の癖や偏った味わいを、うま味という味わいの基調がまとめあげて調和のあるトーンが生まれる。そのためには食材の下ごしらえに時間をかけて、強すぎる味わいを抑制する。これが障りのなさである。全体として落ち着いた味わいをまとめるのに、うま味が作用している。
欧米人に納得できるうま味とは、典型例として鰹昆布だしであろう。しかし、一般的なうま味は、料理の陰に隠れて、目立たずに料理全体のトーンを調整することが得意であり、日本の料理はうま味の調和で成り立っているという説明も外国人には必要である。
いつも穏やかで調和を旨とするが、個人ではつかみどころがない。うま味はいかにも日本人的である。味の個性だけではなくて、調和を味わってほしいと説明するしかないが、まだ当分、うま味は謎の味のままで生き続けるであろう。
出典:(一社)日本ソムリエ協会「Sommelier.jp」