かつて食物アレルギー予防のためには原因食物の摂取を遅らせるべきとの考え方が主流でした。しかし、最近の介入研究でむしろ発症前の早期から摂取を開始したほうが良いとの結果が続々と報告されるようになり、その効果を示唆する疫学調査の結果も出てきました。今、食物アレルギー予防の考え方にパラダイムシフトが起こっています。
子どものアレルギー、とりわけ食物アレルギーの増加傾向が指摘されています。滋賀県での動向をみると、2011(平成23)年から2021(令和3)年までの10年間における食物アレルギー有病率は、幼稚園で1.90%から4.88%へ、小学校で1.10%から2.68%へ、中学校で0.40%から1.90%へ、高等学校で0.20%から0.53%へ、いずれもほぼ右肩上がりで増加していました(滋賀県教育委員会の統計による)。アレルギー増加の理由として、衛生環境が改善され清潔になったことでかつて有害な病原微生物に向かっていた免疫反応が無害な埃・食物・花粉などに向かうようになったこと(いわゆる衛生仮説)、また生活環境が快適になったことで皮膚が乾燥しがちとなり皮膚から食物抗原が侵入しやすくなったこと(いわゆる二重抗原曝露仮説)、食生活の欧米化に伴って体の免疫環境が変化してアレルギー反応を起こしやすくなったこと、など様々な要因が考えられています。
かつては食物アレルギーと診断されると原因食物を徹底的に食べないようにする完全除去が指導されていました。また食物アレルギー予防のためには乳児期からの摂取開始を遅らせたほうが良いとの考え方が主流でした。米国小児科学会は2000年にアレルギー予防のために乳製品は1歳まで、鶏卵は2歳まで、ピーナッツ、ナッツ、及び魚は3歳まで摂取開始を遅らせましょう、との提言を発表しました。しかしながら、その結果として逆に食物アレルギー児が増加してしまったため、2008年にはその提言が撤回されました。一方で、イスラエルではピーナッツアレルギー児が例外的に少ないことが知られており、その理由として乳児期からピーナッツを含むお菓子を食べさせる習慣があるからではないかと推測されました。そして2015年、イギリスで乳児期早期からアレルギーハイリスク児にピーナッツ摂取を開始するという介入研究で、開始しなかった児に比べて明らかにピーナッツアレルギー発症が低下するとの報告がされました(LEAP study)。さらに日本では2017年に鶏卵で(PETIT study)、2021年には牛乳で(SPADE study)、やはり早期摂取による食物アレルギー予防効果が示されました(但し生直後3日間の人工乳摂取では牛乳アレルギー発症が増加するとの報告もあります)。
日本ではこれら介入研究の結果を受けて、2017年に日本小児アレルギー学会から鶏卵アレルギー予防のために湿疹のあるアレルギーハイリスク児に対して早期(生後6ヶ月頃)から少量の加熱卵摂取を推奨する提言が発表されました。また2019年には厚生労働省の授乳・離乳の支援ガイド改訂版で「離乳の開始や特定の食物の摂取開始を遅らせても、食物アレルギーの予防効果があるという科学的根拠はない。」と明記され、適切な時期(生後5~6ヶ月頃)に離乳食を開始することの重要性が強調されるようになりました。
今後注目すべきは、これら早期摂取の取り組みの効果で食物アレルギーは減少していくのか、ということです。この点について示唆に富むデータがあります。東京都が1999(平成11)年から5年毎に行っている3歳児検診におけるアレルギー調査で毎回増加していた食物アレルギー有症率が2019(令和元)年の調査で初めて減少に転じました。また当研究室が滋賀県立小児保健医療センターと共同で行った2021年の滋賀県内保育所食物アレルギー実態調査においても、食物アレルギー児の割合が2013年と比べてわずかですが減少していました。しかも4歳児、5歳児では増加傾向が続いていましたが、3歳児でほぼ同程度となり、2歳児以下で明らかに減少していたのです。食品別では鶏卵アレルギーの減少が顕著でした(詳しくは農学部ニュース参照、https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-10522.html)。減少していたのは2017年提言や2019年改訂以後に生まれた世代であり、その効果が表れているのかもしれません。
早期摂取の動きが広がることで本当に食物アレルギーが減少していくのか、今後はより大規模な実態調査が望まれます。また、早期摂取の取り組みだけでは発症を予防できない食物アレルギー児も一定数いるものと思われます。さらに、早期摂取の動きと連動して鶏卵によるfood protein-induced enterocolitis(FPIES;食物蛋白誘発胃腸炎)という特殊なタイプの食物アレルギーの増加が指摘されているのも気になるところです。そういう子どもに対してどのようにアプローチしていくかも今後の検討課題として残されています。
【附記】
授乳・離乳の支援ガイドでは、離乳を進めるに当たって「新しい食品を始める時には離乳食用のスプーンで1さじずつ与え、子どもの様子をみながら量を増やしていく」、「卵は(固ゆでした)卵黄から全卵へと進めていく」、「食物アレルギーが疑われる症状がみられた場合、自己判断で対応せずに、必ず医師の診断に基づいて進める」、などの注意が記載されています。