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117年前の通販カタログに見る、種苗販売のいま・むかし

ナガオ ヨウコ

ライター/販促コンサルタント

117年前の通販カタログに見る、種苗販売のいま・むかし

ナガオ ヨウコ

ライター/販促コンサルタント

今ではネット通販が主流ですが、それでも紙の通販カタログは廃れることはありません。ぺらりとページをめくるだけで、ずらりと載った商品を比較することができ、気になったページにふせんをつけたり、ペンでしるしをつけたりと、紙のカタログの楽しみ方はたくさんあります。

京都に本社がある種苗会社「タキイ種苗」は、明治38(1905)年7月、業界で初めて通販カタログを刊行。残念ながら現存はしていないようですが、大正15(1926)年に発行された「タキイ 種苗目録」が、いまも会社のアーカイブスペースに保管されていました。
今回は、大正時代と令和時代の最新版の種苗カタログを見比べて、種苗販売の歴史に少し触れてみたいと思います。

創業187年の種苗会社「タキイ種苗」を訪問

訪れたのは、「タキイ種苗」京都本社。「タキイ種苗」は1835(天保6)年創業、野菜や花のタネの研究開発・生産・販売をおこなう種苗メーカーです。まず案内いただいたのは、3階にあるアーカイブスペースです。

昔の国内向け/海外向けカタログや友の会機関誌「園芸新知識」、新聞記事の切り抜きや種袋などが展示されています。一般には公開していないのが残念です……!

今回は特別に、アーカイブスペースのガラスケースから、大正15年、昭和11年のカタログを出していただき、じっくり読ませてもらえることになりました。

徹底比較! 大正と令和の通販カタログ

お話しを聞かせてくださったのは、通販部 企画開発課の高見太郎さん。ホームセンター営業職、農家さん向け営業職を経て、現在は一般向けの通販カタログ「花と野菜ガイド」と友の会会員向けの月刊誌「はなとやさい」の制作とネット通販をご担当。
ほかに、インスタグラムやTwitterのディレクションのほか、YouTubeでは実際に畑で育ててみたというレポ動画を、アップされています。

こちらは「花と野菜ガイド」2022年夏秋号です。家庭菜園やベランダでの栽培を楽しむ一般ユーザー向けのカタログで、野菜や花の種・苗・花木・果樹・園芸資材などが3000点以上も掲載されています。ちなみに、プロの農家さん向けには「タキイ最前線」という別の冊子もあります。

「昔は、紙のカタログに野菜品種の特徴や栽培方法を詳しく書いていました。最近は掲載点数が3000点以上と多いのですが、その代わりに説明を減らして分かりやすく簡潔にし、詳しい内容はインターネットで公開しています。それでも載せきれないほど品種がたくさんあり、それらはネットに掲載しています。現在は、紙のカタログとネットの連動させることに注力しているんですよ」と、高見さん。

大正時代のカタログには野菜のタネから花、農業資材をラインナップ

明治15(1926)年発行「タキイ 種苗目録」の表紙には「大正十六年 春季」と書いてありますが、発行は大正15年12月20日。大正天皇の崩御で大正15年は12月25日までとなり、同日に昭和元年に改元されています。ということは、昭和2年春季号ということになりますね。

こちらのカタログのターゲットは、プロの農家さん。
「最初は全国各地を回り、各地域の中心にいる人とつながりを作り、カタログを無料で配布していたようです。周辺の農家さんたちに回覧〜中心者がタネなどの注文を取りまとめる〜カタログ添付の注文書に記入して注文、という流れでした」と、高見さん。

そこから、個人で注文したいという人が増えたり、家庭菜園ユーザーのニーズが高まったりして現在に至るのだとか。

目次。
徳用組物(お得なセット)に始まり、牛蒡、大根、カブ、葉菜、洋菜、ちしゃ、香り野菜、きゅうり、セロリ、パセリ、甘薯(さつまいも)、人参、かぼちゃ、茄子、トマト、ウリ、豆、草花、朝顔、菊、球根、観葉植物、果樹、花木、農用書籍、農園道具、薬品、肥料というラインナップ。

商品の注文は、前払いなら郵便局でもらえる振替貯金用紙を利用するか、相当分の郵便切手を送ります。代金引換は受け付けているものの、「御損です」とキッパリ書いてあるのが親切。
送料は無料ですが、澎湖(台湾)や樺太、満州から注文の場合は小包料が必要。当時の日本領にも発送していたんですね。

パラパラめくった高見さんは「一般種(固定種)がほとんどですね」。現在のタキイ種苗の主力は、F1種=性質が異なる種の“かけ合わせ”。世界初・F1品種を発表したのが昭和25(1950)年なので、しばらくは一般種の時代が続いたようです。

「あっ、金時人参のタネは今も販売している商品です」と、高見さん。
ということで比較してみました!

大正時代の説明文を意訳すると、「古来有名の良種で根身はとても太く、皮も中の身も濃い赤色。肉質は柔らかく緻密、味は甘みが強い。よく収穫できる。関西、九州、四国などで勢力がある、人参の中の優等種なり」。

令和・最新版の「本紅金時」は「正月のおせちに欠かせない 色ツヤのよい金時」というコピーが付けられています。説明文は「草勢旺盛で作りやすい金時ニンジン。根形は片張りで肉付きがよい。イボは低く、肌は滑らかでツヤのある濃紅赤色。肉質は緻密で柔らかく、甘みに富み、香りよく、独特の味わいがある」。

おお! 「肉質が緻密で柔らかい」という部分がほぼ同じ!

値段は、毛付七十匁一升(約262.5g、1.8L)が、1円50銭。今の貨幣価値でいうと、約842円くらいです。
令和4年の金時人参は、1袋(約1,600粒)が352円、1dL1袋が2,915円ですので、単純に量だけで換算しますと大正時代は1dL約46.7円程度で販売されていたということになります。
※一匁…3.75g、一升…1.8L
※日本銀行調査統計局「企業物価指数」より計算。ただし、価格上昇率の算出方法により現在の価値が異なるため、あくまで参考計数。

「昔、量を測って販売していたのは、タネが小さくて数えるのが難しかったためです。現在は、数をカウントできる粒数カウンターを使用した粒数販売も増えてきました」。

よく見ると、「毛付」と「毛除種」があります。むむっ? 人参の種は見たことがあるけれど、毛がなかったような気がするんだけどな。

高見さん「昔は、毛付きのタネと毛を除去したタネを販売していたんですよ。現在は、毛がないタネや、まきやすく加工したタネを取り扱っています」。

スイカ、伏見甘唐辛子などのページ。

右ページ中央のスイカの品種名は「アイスクリーム」。白種と書かれていますが、種が白い? からアイスクリームなのか、それともアイスクリームのように甘いのかは不明。

現代の新品種にもユニークな名前がつけられたりしていますが(例/大根「トップランナー」、カブ「スワン」、玉ねぎ「ターボ」など)、「親しみやすいネーミングにしよう!」という心意気は昔から変わらないようです。

しかし、モノクロのイラストと簡単な文章、または品種名だけでお客さまはよく購入できたなあ。

「対象が農家さんなので、野菜や栽培について基本的な知識があったようです。品種名だけ、簡単な説明文だけでも問題はなかったようですね」。

とうもろこし。頭の上にとうもろこしを乗せているのか、それとも髪の毛がとうもろこしになっているのかな?

説明文を意訳すると、「日本のタネの中でもっとも早く熟する良種で、とても美味しく多収穫。大規模栽培に適しています。焼食に最適」。

「説明文は、現代のカタログと似ていますね。昔も今も、農家さんは栽培しやすさ、収穫量の多さを重視します。美味しさやおすすめの食べ方を書いているのもポイントが高いですね」と、高見さん。

花のページ。パンジー、ルピナス、矢車草、宿根アスター、アネモネ、ダリヤなど、今も園芸愛好家が育てるお花がずらり。

朝顔は、品種名がずらりと書かれていて、気合いが伝わってきます。数えてみたところ179種類もあります。

「朝顔は愛好家が多く、自分で品種を掛け合わせて交配していた方もいたようです」。

ちなみに、令和版カタログによると、タキイ種苗で取り扱う朝顔は9種類。

「当時は朝顔の人気が高かったため豊富な品種を取り扱っていました。花には流行があったり、ほかのお花でたくさんの品種が誕生したりしてきたため、現在は朝顔の取り扱いはかなり減りましたね」。

園芸資材のページ。

水や薬液などの液体を霧状にして散布する噴霧器、日本製・舶来ものの剪定ハサミ、ナイフ、スコップ、鍬(くわ)など。

次のページ。
熊手のようなホークやレーキ、モグラ捕器、ねずみとり、薬剤など。

左ページの左上に「鯨油石鹸」があります。クジラの油を使った石けんで、現代も存在していますが「なぜこのページに石けんが載っているのかはわかりません……」と高見さん。
農作業で汚れた手を洗うのにぴったりだった、なのだろうか?

発行部数120万部! 昭和11年の通販カタログ

続いて見せていただいたのが、昭和11(1936)年のカタログ「種と苗」。この号は、なんと120万部も発行されたそうです。

2021年、雑誌の発行部数のトップは約50万部の「週刊文春」なのですが、その2倍以上というから本当にすごい。

表紙をめくると、タキイ種苗の社長(当時)、瀧井治三郎 氏が「毎度ありがとうございます」と、ごあいさつされています。

大根のページ。昭和11年になると、イラストではなく写真になっています! 京都「桃山大根」、長崎「みしま大根」など、「タキイ種苗」で現在販売されていない地方野菜も載っています。

キャベツのページ。見た目はほぼ同じなので、右ページは斬新なデザインにするという工夫が見られます。

花の球根ページ。お花はイラストで描かれています。カラフルで気分が上がりますね。チューリップは25種類、ヒヤシンスは7種類、クロッカスは7種類が掲載されています。

大正、昭和初期の2冊の通販カタログを一緒に見ていただいた高見さん。
「じつはどちらも、しっかり読んだのは初めてです。ページ数が限られているなか、たくさんの品種の特徴をイラストや写真、文字でどう伝えようか苦労している様子がわかります。見ていて飽きないのはさまざまな工夫を駆使しているからなのだと思います。本当に感動しました。昔のカタログ制作の苦労や工夫は、令和のカタログ作りと通じるところがあります。」。

こうして時代の違うカタログを見ていると、当時の流行や事情などが垣間見えるとともに、「品種の良さを伝えたい!」「数を多く載せたい!」という、現在のカタログのルーツと感じさせる熱意にあふれていました。