「子どもはピーマンが嫌い」と言われていたのは昔のこと。今のピーマンは昔に比べて苦味が抑えられ食べやすくなっていますよね。トマトやトウモロコシなど他の野菜も、味がぐんと良くなっています。その理由は、野菜の品種改良が進んでいることにあります。消費者のニーズに合わせて「甘い」「食べやすい」「栄養価が高い」、生産者が育てやすいように「病気になりにくい」「多く収穫できる」と、野菜は“進化”しているのです。では、野菜はどうやって改良されているのでしょうか。その秘密を知るべく、1835(天保6)年創業、野菜や花のタネの研究開発・生産・販売をおこなう種苗メーカー「タキイ種苗」の研究農場を訪れました。
滋賀県湖南市にある「タキイ研究農場」。70ヘクタール、つまりは甲子園球場約17個分という広大な土地で、さまざまな野菜、花の品種研究が行われています。露地の畑やビニールハウスがずーーっと広がっているのですが、一部をのぞき撮影は一切NG。畑って、バケツなどの用具や肥料袋がそこらへんに置かれてたりするもんですが、タキイの畑はそういう「余計なもの」がゼロ。すみずみまで整っていて美しい光景でした。ああ! 読者のみなさまにお見せしたかった!
研究農場で迎えてくださったのは、研究農場 次長の星野 博さん。ハクサイや小松菜、ほうれん草など野菜の開発に20年以上取り組んできた、プロ中のプロです。今回は「もぐらぼ」のために、特別にレクチャーしていただきました!
野菜のタネは、性質や形が昔から受け継がれている「固定種」と、性質が異なる親を掛け合わせた「F1(エフワン)種」があります。
「固定種」は形質に幅があり、すべて均一に育つというわけではありません。また代を重ねると形質がだんだん変化したりします。
「F1」は、first filialの略。「系統の違う両親を掛け合わせた。雑種の第一代」という意味です。ちなみに、タキイ種苗が行っているのは「品種改良」。「遺伝子組み換え」ではありません!
F1種のタネを育てると「大きい」「肉厚」「美味しい」「たくさんなる」「病気に強い」など、両親それぞれの性質を兼ね備えた、均一な野菜ができます。現在、日本の農家の多くが毎年、F1種を購入して栽培しているのだそうです。
ただし、F1種を育ててできたタネ(子)を取って栽培しても、「F1」の性質は100%出ません。「親」の性質がバラバラに出ることになります。
「農家のニーズは『病害虫に強い』『育てやすい』『たくさん採れる』『均一性がある』。一般消費者は、野菜により異なりますが『甘い』『柔らかい』『栄養価が高い』。タキイではさまざまなニーズに応えるべく、F1種を開発しています」と、星野さんは教えてくださいました。
では「親同士の掛け合わせ」はどのように行われているのでしょうか?
野菜の「親」を選抜、研究しているビニールハウスに案内していただきました。中でお話をお聞きしたのは、育種アシスタントの山下心結(みゆ)さん。社内の品種研究員である「ブリーダー」が作成した交配設計書にもとづき、作業をしていました。山下さんが手にしているのはニンジンの花。こんもりとしていて可愛い!
「大根、ニンジン、玉ねぎのF1種子の生産では、ミツバチなどの虫に花粉を運ばせて交配しているんですよ」と、山下さん。
こちらは大根の花。「品種を育成する段階では、このようにピンセットを使って人工交配しています」と、山下さん。
大根の花は、雄(花粉を作るおしべ)と雌(花粉を受け止めるめしべ)が1つの花の中にあるのが特徴。しかし、自分の花粉が自分のめしべについても受精しにくい(=タネができにくい)、もしくはいいタネが生まれにくいそうです。近親交配ではいい子孫を残せないというのは、野菜以外の生物と同じですね。
「大根はこの性質を利用しています。品種①のおしべをピンセットで摘み取る→交配させたい品種②のめしべに受粉し交配します」。
大根のタネを採種するのが手作業で行われていたとはびっくり! しかも作業が細かい!
「まず親を選んだり、栽培して親を作り上げたりするところから始めなければならない。親の組み合わせは無限にあります。こんな野菜を作りたいというゴールを設け、さまざまな組み合わせで親を作り、数多くできた親をまた組み合わせて育てます。品種がほぼ完成したというところからさらに約3〜4年かけて実際に栽培。同時に、貯蔵方法や日持ち、食味の検証も行います。開発に着手してからタネが世に出るまで10年かかることはザラですね」と、星野さん。
続いて案内していただいたのは、さまざまな品種のナスが育てられているビニールハウスです。ナスは、タキイ種苗の主力野菜のひとつ。太さや長さ、食味、栽培時期が異なるさまざまなF1品種を開発しています。
写真上は「筑陽(ちくよう)」という品種。長い期間収穫できる太長ナスですが、ヘタに鋭いトゲが生えています。
「トゲは、丁寧に作業をする家庭菜園では気にならないかもしれません。しかし限られた時間で大量に収穫をするナス農家さんは、作業時にケガをする恐れがある。出荷時にトゲがナスの実に傷をつけてしまい、商品価値が下がることもあります」。
「農家さんの負担を減らしたい!」と研究を重ね、2017年に誕生したのが「PC筑陽」です。トゲがないだけでなく、人の手で受粉作業を行わなくても実ができるという画期的なナスなのです! ……トゲって、存在をなくすことができるんだ……(驚)!
「調べてみたところ、ナスの冬場栽培労働時間のうち25%が受粉作業にあてられていました。作業時間が25%も削減できるとあり、農家さんからの評判は上々です」と、星野さん。
わたくし、自分の借り畑で野菜を育てて12年。「F1品種は、タネを毎年売り続けたい種苗会社の陰謀では」と思ってました(笑)。……全然違いました。「美味しい」「育てやすい」などさまざまなニーズを満たすために知恵を絞り、手間をかけ、約10年もの年数にわたり開発された優等生だということがわかりました。私たちが美味しい野菜を食べられる背景には、種苗会社さんの努力があるからなのですね。感謝〜〜!!
スーパーマーケットで、トマト「桃太郎」、「こどもピーマン」、ナス「千両二号」を見かけたら、それはタキイ種苗のオリジナル品種です! 「情熱と根気が詰まった結晶なんだな」と、想いを馳せながら食べてほしいです!