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小さな線虫が引き起こす、大きな農業被害

岩堀 英晶

龍谷大学農学部教授、博士(農学)

小さな線虫が引き起こす、大きな農業被害

岩堀 英晶

龍谷大学農学部教授、博士(農学)

皆さんは「線虫」という生き物を知っていますか?農家の方であれば「あぁ、あの根に着く、やっかいな害虫のことだな」とご存じかもしれません。「寄生虫のアニサキスやぎょう虫、フィラリアも線虫なんですよね」などの知識を持っておられる方もいらっしゃると思います。このように、線虫のイメージはあまりよいものではありませんが、中には「コマーシャルで見た。ガンを見つけてくれる生き物でしょう?」のように、人の役に立つ線虫がいたりもします。

土の中に生きる線虫

線虫は、日常生活では私たちと関係ない生き物と思われるかもしれませんが、実はとても身近な存在なのです。アメリカの著名な線虫研究者であるCobb博士はこのような言葉を残しています。「この世界から線虫以外のものをすべて取り除いたとしても、線虫類の薄い膜で覆われた地球を見ることができるだろう。山や谷や湖や川や海の地形を確認することもできるだろう。樹木に寄生する線虫が集中しているところは森林だったに違いないし、人に寄生する線虫が集まっているところは、都市だったと推測できる。」

この言葉は線虫の多様性をよく表しており、「それぞれの場所に適応したいろんな種類の線虫がいる」ということを述べています。現在、人の体からはほぼいなくなっていますが、Cobb博士が活躍しておられた約100年前には、人のおなかの中にはぎょう虫や回虫、べん虫などが寄生し、とても身近な存在でした。

では、衛生観念が発達し、おなかの線虫を駆除する薬剤が発達した現在はどうでしょうか?実は皆さんが土に触れる時、肉眼には見えないけれども、その中には必ず数十数百の線虫が含まれていますし、皆さんが土の上を歩く一歩の足の下には、数万の線虫が生息しています。つまり、ほぼすべての人は、線虫に触れたことがあるということです。ただし、土の中の線虫は人間には無害ですのでどうぞご安心ください。

農業に関わる線虫

ネコブセンチュウの2期幼虫(約0.4mm)(左)と被害を受けた人参(右)

土壌中のほとんどの線虫はカビや細菌を食べて暮らしていますが、その中のごく一部の種類が植物に寄生する能力を持ち(植物寄生性線虫)、さらにそのごく一部が私たちにとってとてもやっかいな農業害虫となっています。農業に有害な線虫のほとんどは作物の根に寄生しますが、葉や茎にも寄生するものもいます。線虫に寄生された作物は線虫に栄養を横取りされ、収穫量が激減し、地上部は黄化し、しおれ、激しい場合は枯れてしまいます。線虫による農業被害は目に見えにくいため、気づいた時には作物の根で大繁殖していることも少なくありません。ある報告によりますと、線虫による農業被害は世界規模では約780億ドル(12兆円!)にもなるそうです。土壌中の線虫の大きさは1ミリ足らずです。このように目で見ることが難しいサイズの小さな線虫が、信じられないくらい大きな損害を世界中の農業に与え続けているのです。

それではどのようにして線虫の害を防いでいるのでしょうか?日本では線虫の防除は農薬(殺線虫剤)に頼っており、毎年約3万トンに近い農薬が使用されています(農薬全体に占める割合は1割にも満たないのですが)。環境と人に優しい、安全安心で持続可能な農業を目指すためには、線虫の防除においても農薬以外の選択肢が必要です。

線虫対抗植物・クロタラリア(左)とくん蒸作物・カラシナ(右)

近年、植えておけば線虫密度を減らすことのできる植物(線虫対抗植物)や、植物体を畑にすき込むことによって線虫を抑える物質が発生する作物(くん蒸作物)、あるいは有機物を畑に施用し、ビニールを張って密閉し、酸素のない状態にしておくことで土壌中の線虫や病原菌をやっつける「土壌還元消毒」という方法が注目を集めています。このような、線虫の生理生態を利用して防除につなげるような方法の研究が、農薬に依存する現状をできる限りなくすべく、今後ますます必要になってくると考えています。