現在、地球上の多くの植物が絶滅の危機に瀕しているといわれています。自生地の大規模開発や園芸目的の捕獲・採集、里山や湿地に見られる人間が管理などを止めたことによる植生の遷移、外来生物の影響、地球環境の変化など要因は様々です。このような絶滅危惧植物の保全に「植物バイオテクノロジー」が貢献していることはあまり知られていないかもしれません。
絶滅の危機にある生物について記載した書籍は「レッドデータブック」と呼ばれています。日本のレッドデータブックは、2014年の発行が最後ですが、その後も「レッドリスト」として環境省により絶滅の危機に瀕している生物が公表されています。植物について見てみると、最新の「環境省レッドリスト2020」では、シダ植物および種子植物といった維管束植物 の1,790種が絶滅危惧種として掲載され、この数は日本に自生する維管束植物約7,000種の1/4にあたります。想像以上に多くの植物が絶滅の危機に瀕していると感じた人も多いと思います。最近は、「生物多様性保全」という言葉を見聞きする機会も増えていると思いますが、絶滅の危機にある植物の保全は世界的に重要な課題になっています。
ところで、皆さんは身の回りある名前も知らない植物が絶滅したとして困ることがあると思いますか?私を含め、ほとんどの人は困らないと思うでしょう。では、なぜ絶滅危惧植物の保全が必要なのか考えてみましょう。地球上の植物が一つ二つ絶滅したところで、私たちの生活にはおそらく影響はありません。しかし、絶滅する植物数が膨大になることにより地球環境のバランスが崩れ、最終的に私たち人類の生存も脅かされる可能性があるということが一つの理由です。もう一つの理由は、今は利用されていない植物でも、その植物から薬の開発につながる物質が見つかるなど、人類の役に立つ可能性があるということです。
特に絶滅の危機に瀕している種類が多い植物はラン科植物です。樹上など脆弱な環境に生育する種類が多いうえに成長が遅く、美しい花が咲く野生種が多いことから園芸目的に採取されることもあります。また、ラン科植物の種子は非常に小さく自然界で発芽するためにはラン菌との共生が必要であることから、人為的な種子発芽が難しく大量の実生苗を得ることが困難でした。しかし、植物バイオテクノロジーの発展の中で、栄養分を含む培地に無菌的にランの種子を播種する(種をまく) ことにより、多くのラン科植物の種子が発芽することがわかってきました。その結果、遺伝的多様性を持つラン科植物の実生苗を大量に生産することが可能になり保全につながっています。
龍谷大学花卉園芸学研究室では、絶滅の危機に瀕しているラン科植物の種子発芽に関する研究を行なっています。これまで、アマミエビネ、ナゴラン、ツルラン、クロヤツシロランなどの種子発芽に取り組んできています。培地の組成や光や温度などの培養条件などについて検討を行い、発芽の最適条件を探っています。バイオテクノロジーをはじめとする様々な科学技術の発展により、多くの植物が絶滅の危機から回避される日が来ることを期待しています。