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自分で栽培もできる!? 意外と身近? 植物学者が教える、知られざる食虫植物の魅力

野村 康之

龍谷大学 農学部永野研究室 博士研究員

自分で栽培もできる!? 意外と身近? 植物学者が教える、知られざる食虫植物の魅力

野村 康之

龍谷大学 農学部永野研究室 博士研究員

食虫植物が虫を食べる理由は「アミノ酸やリン酸を摂るため」

龍谷大学 農学部永野研究室 野村 康之 博士研究員

私は龍谷大学 農学部で、主にモデル植物を使った分子生物学を研究しています。もともとは、チガヤなど雑草の生態を研究していました。植物全般が好きなのですが、子どもの頃から食虫植物に興味があり、自分で育てたり、自生地を訪れたりしています。食虫植物は、その名の通り“虫を食べる植物”です。植物なのに、虫を食べる性質をもっているのは不思議ですよね。

じつは食虫植物も雑草も、環境によりどんな種類が分化しているのか、どんな生き方をしているのか分かっていないことがたくさんあります。ただ栽培したり、収集したりするよりも、私はこれらの問題についてほかの植物と比較しながら食虫植物を観察するのが好きなんです。いうなれば、私にとって食虫植物は植物を見る「めがね」であり、食虫植物を通してそのほかの植物の生態を見ているといえます。今回は、知られざる食虫植物の世界をご紹介したいと思います。

そもそも植物は、生きるために水・光・無機栄養などを必要とします。一般的な植物は光合成により糖を作り、根から土中の無機栄養を吸収して、それらをもとにアミノ酸やリン酸を作ります。しかし、一般に食虫植物の根は退化して数が少なく短いため、根からはほとんど無機栄養を摂ることができません。その代わりに虫を捕まえて分解し、アミノ酸やリン酸を吸収します。そのため、食虫植物は基本的に栄養がほとんどない土壌で育ちます。

比較的寒さに強いハエトリグサ

食虫植物は地球上に800〜900種類存在するといわれています。南極大陸以外、すべての大陸で生育が確認されており、日本にも20種類程度が自生しています。食虫植物というと「熱帯に生えている」というイメージを持っている人も多いのですが、寒さに強い種類もあります。ハエトリグサの原産はアメリカ合衆国ノースカロライナ州、サウスカロライナ州の温帯地域で、寒さには比較的強いのですよ。

滋賀県でよく見られるトウカイコモウセンゴケ

滋賀県では花崗岩(かこうがん)が多い貧栄養な環境がしばしば見つかり、その代表である竜王や田上山でさまざまな食虫植物を見ることができます。もっともポピュラーなのは、ハエなどの小さな飛翔性昆虫を捕らえて食べる「トウカイコモウセンゴケ」。葉はスプーンのような形で鮮やかな紅色なことも多いです。龍谷大学 瀬田キャンパス内にも自生しています。個人的には、高密度で生えることが少ないのはなぜか、獲物の数が多ければトウカイコモウセンゴケの数も増えるのかという点に興味をもって、しばしば観察しています。

遺伝子解析により、進化の過程が明らかになりつつある

長らく、食虫植物の起源と進化は謎に包まれていました。起源を知るうえで一番わかりやすいのは、化石証拠です。しかし、食虫植物は柔らかい構造で、湿地に生えるため、化石になる前に細かくなって形が残らないのだろうと考えられています。唯一、はっきりと捕虫葉の形態を残している化石は、琥珀の中に封じ込められた約5000万年前の食虫植物が見つかっているくらいでしょうか。

ところが、ここ数年で、食虫植物の遺伝子解析が急速に進み、食虫性の起源が明らかになりつつあります。まず、知ってほしいこととして、植物も虫に食べられたり病原菌に感染したりしたときに防衛する機能をもっています。人間の免疫とは異なりますが、似たようなものですね。その防衛機能には、虫にこれ以上食べられないように有毒な物質を生産するシグナルを出したり、侵入する病原菌を殺すために消化酵素をかけたりする機能が含まれています。

食虫植物の遺伝子を調べると、虫を食べる能力は、植物がもともともっているこれらの防衛機能を拡張したものだということがわかってきました。防衛に関わる遺伝子は大切なものなので、それ自体を拡張するというよりも、防衛に関わる遺伝子をコピーして、そちらを拡張して食虫性に使っています。全く新しく食虫性を獲得するよりも、もともとあった機能を使いまわすほうが、進化が容易かったのだろうと考えられます。私たちも大事なデータは元ファイルをとっておいて、コピーを編集しますよね。そんな感じを想像してもらえればと思います。系統関係を調べてみると、初期の食虫植物はモウセンゴケのようなネバネバするタイプで、そこからトラばさみや落とし穴のような罠が登場したと考えられています。

中学の頃から育てている「ネペンテス アラタ」

食虫植物に興味がある方はぜひ栽培に挑戦してみてほしいですね。苗はホームセンターなどで売られていますし、近年はネット通販も発展しています。一般的な栽培の醍醐味はやはり「虫を食べるところを見る」ことだと思います。虫を与える注意点としては、必ずしも人間が虫を与えなくても勝手に捕まえて健康に育つことと、虫を与えるのは意外と難しいということです。

虫を与えるのであれば、ポイントは葉に対して小さい虫を与えること。虫の消化には時間がかかるため、大きい虫を与えると消化する前に腐ったり、食虫植物を傷つけたりなど、逆に食虫植物を弱らす原因にもなります。トラばさみのようなハエトリグサやネバネバのモウセンゴケはこの点に気を遣いますが、落とし穴を使うウツボカズラやサラセニアは、脱出さえされなければあまり関係ないようにも思います。

そもそも、虫をそんな都合よく用意できないことも多いでしょう。食虫植物にとって必要なのはアミノ酸やリン酸なので、モウセンゴケには人間が食するツナなどを与えてもいいですよ。ただし、海水魚や油漬けされている缶詰は、塩分や油分を大量に含み、食虫植物が不調になることがあります。もし与える場合は、水で塩分と油をよく洗い流してください。

虫やりの際、消化液を手で触ってしまっても、慌てないでくださいね。消化酵素はタンパク質などをかなりゆっくり分解するので、一般にはいきなり手がかぶれたり、皮膚が溶けてしまったりすることはありません。雑菌などはいるかもしれないので、不衛生にならないように手を水で洗ってしまえば、それで問題はありません。

ネズミのトイレ、米を入れて蒸す容器……食虫植物は不思議でいっぱい

2023年7月、書籍「あなたの知らない食虫植物の世界」(化学同人)を出版しました。「食虫植物は、どうやって虫を捕まえるの?」「人間を食べる食虫植物が存在するって本当?」といった素朴な疑問から、進化の過程や絶滅危惧種の保全のあり方についても解説しました。

食虫植物は、その名前に反して様々な生態をしています。例えば、「ネペンテス・ラヤ」はネズミのトイレになって糞尿を分解しますし、「ネペンテス・アンプラリア」は壷の中に入ってきた葉などを分解しているとされます。実は、人間生活にも密接に関わっていることが知られ、ヨーロッパの古い記録によると「モウセンゴケ」のネバネバを利用してチーズを作っていたらしいですし、マレーシアには「ウツボカズラ」にコメを入れて蒸す料理があります。本当におもしろいですよね。食虫植物に興味を持たれたら、どんな特性を持っているのかに注目し、書籍で調べたり観察したりしてほしいと思います。きっと、食虫植物の魅力にとりこになると思いますよ。