味は、食ベ物を特徴づける有力な指標ですが、皆さんは様々な味をどのような食品と関連付けることができるでしょうか?
例えばケーキやお菓子は甘いもの「甘味」として関連付けができるかと思いますし、「甘味処」という看板も目にされた方も多いでしょう。「苦味」は、コーヒーやビールなどの飲料をはじめ、「ニガウリ」というように野菜の中にも例を挙げることができます。また、豆腐の製造に利用される「にがり(苦汁)」という言葉も、身近で聞いたことがあるのではと思います。レモンや梅干しなどは酸っぱいもの「酸味」として、昆布や鰹節など出汁に用いられる食材は「うま味」として関連付けられると思います。塩からいものは文字通り「塩味」として、また「鹹味(かんみ)」とも表現されます。
甘味、酸味、苦味、塩味、うま味の5つの味を「基本五味」と呼びます。これら5つの味は、①他の基本味とは明らかに味質が異なっている、②他の基本味を組み合わせてもその味を作り出せない、③他の基本味とは異なる味覚受容体を通して味の情報が伝達される、などの特徴があります。
基本五味以外にも、唐辛子やわさびなどの辛味や、渋柿や赤ワインなどに代表される渋み・収斂味なども身近に感じられる味ですが、生理学的には痛覚や温覚、触覚として受容されると考えられ、辛味や収斂味は広義の味として分類されています。
食品を食べたときに、「甘い」とか「苦い」などと味の表現をして、その食べ物の特徴を分類しますが、このような分類は、紀元前からギリシアの哲学者によっても試みられていました。
プラトンはbitter (苦味)、sweet (甘味)、sour (酸味)、salty (塩味)、astringent (収斂味)、pungent (辛味)の6つの味を挙げています。また、アリストテレスは甘味と苦味が味の柱になるが、bitter (苦味)、sweet (甘味)、salty (塩味)、pungent (辛味)、harsh (えぐ味)、astringent (収斂味)、sour (酸味) の7つの味に分類しています。テオプラストスは7つの味にさらにoily (油の味)を加えた8つの味に分類し、多くの哲学者に受け入れられていたようです。
中国でも、陰陽五行説の五行に対応して、五味は、木=酸、火=苦、土=甘、金=辛、水=鹹と分類しています。中華料理、四川料理では、香辛料を含むものが多いので、「辛」、辛味は身近に感じられる感覚であったと考えられます。
基本五味のうち、bitter (苦味)、sweet (甘味)、salty (塩味)、sour (酸味)の4つの味は、古くから認識されていますが、19世紀半ばには、味は甘味、酸味、苦味、塩味の4つの味に単純化できるとドイツのフィックにより指摘されました。その後20世紀に入り、ヘニングにより、味の正四面体理論(taste tetrahedron)が提起されました。
正四面体の各頂点に甘味、酸味、苦味、塩味を配置し、2種の味を持つものは、正四面体の稜線上に、3種の味を持つものは面上に位置すると考えました。正四面体理論にはうま味が含まれていませんが、うま味に対する標品(グルタミン酸ナトリウムのような基準物質)が長らく単離されなかったこと、うま味を表現する適切な方法(味名)がなかったことも一因ではないかと考えられます。海の幸、山の幸に富む日本では古くから親しみのある食材(昆布、鰹節、シイタケ)にうま味物質が含まれ、1907年に池田菊苗博士が「グルタミン酸ナトリウム」を同定したことからも、うま味に対する認識が強いのかもしれません。
うま味が独立した味「UMAMI」として世界で認められるようになったのは、20世紀後半になってからのことです。15年ほど前に海外で研究をしていた時、同僚と基本五味について話をしましたが、「UMAMI?アミノ酸の味ですね」と、返答されたことがありました。「いや、アミノ酸以外にもイノシン酸やグアニル酸もうま味物質で、グルタミン酸に加えると相乗効果がある」と説明したのを記憶しています。残念ながら、手元に標品がなかったのでUMAMIの相乗効果をわかってもらえませんでした。今日では、基本五味を含めて、様々な味の受容機構について分子レベルでの解明が行われています。