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日本のうま味、だし成分のテロワール -第1弾-

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

日本のうま味、だし成分のテロワール -第1弾-

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

うま味の教室もいよいよ最終回。最後にワインでおなじみのテロワールに触れたい。ブドウのような植物が気候や土壌の影響を強く受けることはご存知の通りである。実は、海の昆布も環境の影響を微妙に受けている。昆布で引いたダシは昆布の種類の他に、海域や浜の地形によって成分に違いが生じる。寒流の海なら、どこでも同じというものでもない。地形さえも昆布だしの味わいに反映する可能性がある。昆布を使う場合には、その産地によって味わいが大きく異なることに注意を払うべきであろう。江戸時代からの伝統を持つ福井の昆布問屋である奥井海生堂の当主奥井隆氏は昆布のテロワールを提唱している。

昆布にとってうま味成分とは

昆布は細胞内に大量のうま味成分であるグルタミン酸やアスパラギンを蓄積する特殊な植物である。よく乾燥された昆布の切断面を顕微鏡で見るとグルタミン酸の結晶が針のように林立している。昆布の体内で作られるグルタミン酸はアミノ酸の代謝の中央に位置するとともに、葉から吸収した窒素の保存形態である。また細胞内の浸透圧を高める作用があり、海水の様な高い浸透圧や、寒冷環境から身を守るオスモサイトとしての意味もあると思われる。昆布も伊達にうま味を蓄積しているわけではない。

生育環境によってうま味が変わる

昆布の棲息場所は水温が非常に低い寒流域の浅い沿岸部である。浅い海に棲息するのは日光がよく当たるからである。海水に含まれるミネラルは河川よりも遥かに高濃度であり、河口の汽水域ではミネラル不足になる。
しかし、海水には昆布の生育に重要な窒素やリン、鉄分などが不足しており、これらは河川からの供給が重要である。河川の上流には森林があり、堆積した落ち葉から生じる有機物や河川の岩石から溶け出るミネラルが栄養素を供給するからである。良い昆布の成育場には豊かな森を源流とする河川がある。

気候や土壌によって野菜の味は異なると農業者や市場関係者はいうが昆布も植物であるから同じことがあっても不思議ではない。自然の生育環境の違いが昆布の品質の評価に影響を与えている可能性はある。

出典:(一社)日本ソムリエ協会「Sommelier.jp」