文化人類学の視点から、イランからアメリカへの移民について、そして、イラン・テヘランでの宗教儀礼について研究しています。今回はイランの食文化について、ご紹介します。
1990年代初め、イランから日本へたくさんの人々がやってきて、情報交換などのために駅前に集まっていました。学生時代、こうした光景に接したのが、イランへの最初の興味でした。
イランの人口の大多数を占めるイスラム教徒は、豚肉を食べません。よく食べるのは、牛肉と羊肉です。野菜は何でも食べます。もともと、イラン内で流通している食材は食べても問題ないという認識だったので、ハラールマークのような認証は必要ありませんでした。近年では他のイスラム圏のようにハラールマークをつけることもあります。
イランにはキリスト教の一派であるアルメニア教徒などもいます。彼らは、食事にあまりタブーはありません。キリスト教でもエチオピア正教会のように豚肉を食べない人もいますが、アルメニア教徒は豚肉を食べます。イランのアルメニア教徒の人たちは、19世紀前半にロシア領になったアルメニアとの人の行き来があり、ヨーロッパの要素をイランに持ち込んでくることがあります。イラン初のピザ店はアルメニア系のイラン人が始めましたし、コーヒーのフレンチローストをとり入れたのもアルメニア系イラン人でした。そのほか、ギターもアルメニア人がイランへ持ち込んだ文化です。
イスラム教徒の料理は、パキスタン料理だったり、トルコ料理だったりと土地によって違います。使っている食材も味も全然違います。中東には、地中海や周辺諸国の料理の影響を受けたり、新しい食材が入ったりしている料理もありますが、イラン料理は、歴史的経緯からか、トマトをあまり使わないなど古い形の料理のスタイルを残していると言われています。
イランというと砂漠のイメージがあるかもしれませんが、北部のカスピ海沿岸は雨がちで米を作っていますし、いろいろな野菜がとれる農業国です。北部と南部には気候差があり、冬にスイカが手に入るほど、食材は豊かです。カスピ海ではキャビアで有名なチョウザメなどの魚もとれます。
イランのお米は、インド起源の品種で、とても長い長粒米。鍋で炊くのですが、一番丁寧なやり方は、一旦ゆでこぼしてから湯を切って蒸らし、油を入れて、塩を振って炊きます。日本のようにふっくらとは炊かず、パラパラしたご飯です。程よく焦がして、パリパリのおこげをつくるのがこだわり。食事に招いたお客さまに「おこげをまずお取りください」とあげてしまうような、一番のごちそうです。
イラン最大の都市、テヘランはアルボルズ山脈のふもとにある、標高1200mほどに位置する坂の多い町です。昔は城壁があって小さな町だったんですが、人が増えてだんだんと町の範囲が広がっていきました。今では南部と東部が比較的庶民が多く住んでいて、北部と西部は高級住宅街。かなりはっきりとエリアによって住む人の階層が分かれています。
基本的に食事は家で食べます。家庭では、買い出しはお父さん、作るのはお母さん、でも、肉を焼くのは男性の仕事というように、役割分担がなされています。人を招いて家で食べることが多いので、家族での外食は特別な時のみです。
私が語学の勉強のためにテヘランに行った2004年には、ファストフードのハンバーガーやピザはありましたが、価格は安くはありませんでした。そういうものが食べられる所か、バザールや市場で働いている人たちが、ちょっと食べに行くような下町の食堂はあります。そのほかには家族で行く、やや値段が高めのレストランもあります。2000年代の後半からはカフェもできてきていました。
イランでは、ハーブといいますか、コリアンダーやバジルのような香りの強い葉物野菜を料理によく使います。野菜全般をペルシア語で「サブジー(サブズィー)」といいますが、緑からの派生語です。サブジーの代表的なものが、香りの強い葉物野菜なのです。それらを香りづけに使うのではなく、そのものを煮込んだりして食べます。
イラン人のソウルフードは「ゴルメサブジー」という煮込み料理です。これはいろいろな葉物野菜を刻んで、豆類や羊肉などと一緒に煮込んだもので、ご飯と一緒に食べます。味はというと、葉物野菜の苦みがあり、それに乾燥レモンが入っていて酸味があります。イランの人はこの酸っぱい独特の味が大好きです。クセになる味わいで、コロナ禍でイランにもロサンゼルスにも行けないときに、無性に食べたくなって自分で作って食べたほどです。
私は食に興味があって、食べたことのない料理でも美味しいと聞けば、レシピを調べて作ってでも食べてみます。食いしん坊なんですね(笑)。最近もインターネットで知った「ムケッカ」というブラジルの魚料理を作ってみました。ブラジルは移民の国なので、例えばレバノンから移民した人の持ち込んだ食材がブラジルの土地の料理になってたりもします。ブラジル料理と思われているものでも移民が持ってきた食材と料理でできているので面白いと思います。
一番好きなイラン料理は、「フェセンジューン」です。もともとカスピ海沿岸地方で作られていた「フェセンジャーン」という料理なのですが、テヘランなまりで「ジューン」となります。これもどうしても食べたくなって自分でも作ったことがあるほど。クルミの粉を油が出るまで丁寧に煎って、ざくろのペーストと鶏肉を煮込んだ料理で、とても手間がかかります。味はざくろの甘味があって、イラン人の好きな酸味は控えめ。高級なおもてなし料理の一つです。