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環境保全と生産安定は両立できる!? 化学肥料に依存しない土づくりを研究

松村 篤

龍谷大学農学部准教授

環境保全と生産安定は両立できる!? 化学肥料に依存しない土づくりを研究

松村 篤

龍谷大学農学部准教授

幼い頃から田畑や植物が身近な存在だったこともあり、大学進学時には自然と農学の道へ。大学での学びを通じて、作物の成長の基盤となる土づくりの重要性に目覚めたという松村先生。食料や生産資源の流通が国際情勢によって大きな影響を受ける現代、輸入肥料に頼らず食料自給率を上げるために、貢献できる方法を探求しています。世界規模で深刻化する地球温暖化もふまえた、資源循環型の作物生産についてお聞きしました。

化石資源依存から脱却するために

編集部/持続可能な食料生産や土づくりに興味を抱いたきっかけを教えてください。

私が大学生だった頃、すでに農学において環境問題は重要なキーワードでした。研究室で一緒に学んでいた留学生に同行してアフリカのケニアを訪れたのですが、日本で想像していた以上の農業にまつわる厳しい環境を目の当たりにし、持続的な食料生産への興味がより強くなったと思います。当時に、そうした厳しい環境の中で、他者のために専門の知識や技術を活かして働く方々と知り合い、とても大きな刺激を受けました。大学在学中まではカンキツ類、卒業後はキク、トマトなどの様々な植物の研究に携わってきましたが、大学時代からずっと心のどこかで興味を持ち続けていたのは、食料生産の根幹を担う土づくりでした。現在は、農耕地の物質循環機能を高め、作物の安定供給につなげるための研究に取り組んでいます。

編集部/現代の農業における課題とは?

課題は山積みですが、総じて言えば化石資源依存からの脱却でしょうか。産業革命以降、石油や石炭、天然ガスといった化石燃料が大量に利用されるようになり、地球温暖化の原因となる二酸化炭素が急激に増えていきました。
日本の農業においても、明治以降に化学肥料や農薬の導入、化石燃料を使用する農業機械の普及などにより、化石資源に依存する農業のあり方へと変化していきました。現在も地中に堆積した化石資源を掘り起こして、化学的に合成した肥料を使い続けていますが、これらの資源は無限ではなく、いずれ枯渇してしまいます。増加する世界人口を支えるため、化学肥料を多用して食物の生産を安定させる時代は過ぎ去り、これからは化石資源依存から脱却を図る技術開発が求められます。さらに、日本では温室効果ガスの削減と同様、食料自給率の低さも大きな課題です。

2021年に国が策定した政策方針「みどりの食料システム戦略」の目標設定では、「2050年までにめざす姿」として、化学肥料の使用量30%低減を掲げています。少しでも地球温暖化を遠ざけることができるよう、さまざまなアプローチから、化学肥料削減に貢献したいと考えています。

すでにあるものに着目して循環させる

編集部/研究の具体的な内容について、お聞かせいただけますか。

作物学研究室では現在、「ダイズのリン吸収能強化に向けた研究」「未利用資源の化学肥料代替効果に関する研究」「作物生産と環境保全の両立を目指したマメ科緑肥作物の混作に関する研究」という、3つの研究に取り組んでいます。

まず1つ目の「ダイズのリン吸収能強化に向けた研究」で目指しているのは、日本の食生活に欠かせないダイズの自給率向上です。豆腐や醤油にも使用されるダイズですが、油も含めると国内の自給率は1ケタ台と、日本はほとんど輸入に頼っている状態にあり、海外との価格競争に負けて簡単に手に入らなくなる未来もあり得ます。

ダイズの育成にはリン肥料が不可欠なのですが、日本はリン資源に乏しく、肥料に使うリンもまた輸入しています。遠く離れた国から巨大なタンカーで運び込む燃料コストやそこで排出される二酸化炭素、さらに国際情勢によって今以上に価格が高騰することを考えても、国内のダイズ自給率を上げていかなければなりません。そのために、これまでより少ないリン肥料でも従来と同等の収量が得られるダイズの選抜や、関連遺伝子の特定に取り組んでいます。

編集部/2つ目の「未利用資源の化学肥料代替効果に関する研究」に関してはいかがでしょう。

こちらは化学肥料の削減を目的に、食品副産物や家畜の排せつ物を有効活用する研究をしています。実は取り立てて新しい試みではなく、昔から日本の農業で行われてきたことです。ただし固形で扱いやすい家畜ふんに対して、液体のし尿にはアンモニアという非常に大事な成分が含まれているにも関わらず処理が困難でした。そこでし尿を回収するために、環境の改善に効果があるとされるバイオ炭を採用した実験を進めています。

さらに、食品を製造する過程で発生する副産物である大豆ホエイを、サツマイモやジャガイモなどの畑に与えて肥料効果を検証する研究も行っています。これまでにサツマイモは3回収穫を行いましたが、大豆ホエイを与えることで作物が大きく育つ傾向が見られました。

編集部/最後の「作物生産と環境保全の両立を目指したマメ科緑肥作物の混作に関する研究」も、化学肥料の削減が目的でしょうか?

そうですね。緑肥とは、土壌改良のために肥料として活用する植物のことです。育った植物をそのまま土にすき込むことで、化学肥料の削減に役立ちます。私たちが活用したのは、ヘアリーベッチというマメ科の作物です。ヘアリーベッチのようなマメ科作物の多くは根粒菌との共生によって、地上部に大気中の窒素を溜め込める、その特性に着目しました。さらにヘアリーベッチは主作物の収量への影響も少ないので、混作も可能です。野菜などの主作物の隣で育てるヘアリーベッチが、窒素肥料の変わりになってくれるというわけです。

どこかで田んぼ一面に咲くレンゲ畑を目にした経験はありませんか?今はずいぶん減りましたが、稲を植えていない時期の緑肥として、各地でレンゲが栽培されていました。視界を埋める赤紫のレンゲは、田んぼに窒素を供給するという重要な役割があります。

次世代により良い環境を手渡したい

編集部/農業は最新技術を取れ入る一方、原点回帰していく必要性もあるのかもしれませんね。

ダイズそのものの研究、未利用資源の研究、緑肥の研究とそれぞれアプローチは異なりますが、いずれも化学肥料の削減に貢献できる可能性を秘めています。化石燃料を経済活動に利用してきた結果、温室効果ガスが排出され、気候変動や食糧生産への影響は、現代社会において誰の目にも顕著になってきています。

人間は長い歴史の中で、それぞれの世代が生きるために農業を改良してきました。では、現代を生きる私たちが今できることは何なのでしょうか?そのお手本は、古来の自然農法にあるのかもしれません。環境保全型農業や未利用資源を活用した農業活動の推進は、明るい未来につながっていきます。これからも実装できるまで研究を重ねて、できる限り良い環境を次の世代に受け渡していくことができたらと思っています。