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立ち呑み屋店主 『食』を読む。 〜十三食目〜

西谷 将嗣

レボリューションブックス 店主

立ち呑み屋店主 『食』を読む。 〜十三食目〜

西谷 将嗣

レボリューションブックス 店主

十三食目

『食卓の情景』池波正太郎著(新潮文庫)

今年はどうにも月日が駆け足で過ぎていくような気がしていたが、ある時ふと「どうやらこれはコロナ禍が原因では」と思うに至った。人が何によって時の流れを感じるのかを考えたとき、思い出によるところが大きいのではと考えたからである。

我々は過ぎ去った時間を振り返るとき、自分の身に起こった様々な出来事を楔とし、それを一つの起点として時の流れを感じているのではないだろうか。しかして今年はこのコロナ禍である。

花見もゴールデンウィークも花火も祭も自粛一辺倒で生活してきた我々にとって今年は振り返るべき思い出もなく、それゆえ時の流れを感じられないまま今に至ったのでは、というわけである。このような意味で、思い出というものが我々にとって大切なものであると気付かされたのは発見であった。

今回紹介する『食卓の情景』は歴史小説の大家、池波正太郎が自身の人生を様々な食の記憶と共に振り返りながら綴ったエッセイ集である。

池波の作品は丁寧な時代考証や下町に生まれ育った経験から生み出される人生の機微に触れる物語が魅力であるが、なかでも特に読者を虜にしているのは食事についての描写ではないだろうか。読者の中には作中に登場する料理を自ら作り食べたという人も少なくないはずだ。

池波は常から映画や芝居における食事の描写の大切さについて触れており、人々の日々の暮らしを書く上で必要不可欠な要素であると考えていた様だが、それにしても池波の書く食事の風景が何故ここまで多くの読者を引きつけるのか、私はその答えの一つがこの著書『食卓の情景』にあると考える。

情景とは人の心を動かす光景や場面を指す言葉であり、そこには思い出や経験、体験といった物が多分に影響している。本作で語られるのは食卓の「光景」や「風景」ではなく、池波の人生と深く繋がった、正に食卓の「情景」である。

池波は本書で次のようなことを述べている。

「二日後、帰京して〔赤天〕を火に炙り、おろし醤油で食べたとき、私は十何年も若返ったような気もちになった。食べものと人間のこころのむすびつきは、まことに、奇妙なものである」

これは若いころ仕事で頻繁に通っていた大阪へ赴いた際、昔馴染みのかまぼこ屋で土産を買って帰京したときのエピソードである。
池波はこのエッセイのなかで食事を単に「何を食べた」とか「美味しかった」ではなく、人生の様々な出来事とつながる思い出として語っていくが、そこに独特の文体が加わることで読む者は自分がその場所に居るかのようにその情景を思い浮かべることになる。

池波の文体は独特で文法的には些か問題があるのかもしれないが、行間を読ませる文章が読み手の想像力を刺激するのだ。これは氏が長年に渡り、新国劇の作家として脚本の仕事をしていたことが大いに影響しているのだろう。

本書では、東京の下町に育った幼少期に始まり、戦前から戦後の青年期、そして本書が出版された壮年期に渡るまでの池波の人生のあらゆる場面が食べものの思い出と共に語られており、立派な一冊の自伝と言っても過言ではない。
食べることを何よりも楽しみとしていた池波が自伝を書いていたなら、結局このような内容になっていたのかもしれないと思うとなんだか可笑しい心持ちになる。

幼少期に縁日で食べた「どんどん焼」、徴兵前夜に信州で食べた新鮮な鶏肉がたっぷりと入った「チキンライス」や新国劇時代、精力的に仕事をこなした後で食べた大阪の「かやくご飯」や「焼き鳥」や「シウマイ」。作家として幾度も取材で訪れた京都で食べた料理の数々から家庭での日常の食事や夜食に至るまで、語られる思い出は様々であるが、いずれの話からも池波が食事を人生の一大事と捉え、並々ならぬ情熱を傾けていたことが伝わってくる。

池波は真に食べることが好きで、常々美味いものを食べたいと思っているのだが、それはお金を出して高級な料理を食べたいというのとは違う。全ての食事に対して池波自身の考えるもっとも美味い食べ方があり工夫があり哲学がある。

それは原稿を書き、夜半に食べる夜食ひとつに至るまでそうである。そういった人間が食についてのエッセイを書くのだから面白くないわけがない。さらにその人物が脚本家から時代小説の作家として大成した人物なのだから、これはもう言わずもがなである。

個人的には本書で書かれる話の舞台が昭和であることも魅力の一つになっている。若い人にとってはそうでもないのかもしれないが、ある世代の人間にとって昭和のノスタルジーというのは大変に魅力的なのだ。
昔は良かったと言うつもりはないが、戦後の高度成長期、敗戦の傷痕から立ち直ろうとしていた時代の日本が持っていたマグマのようなエネルギーに私は憧れを抱くのかもしれない。

池波は脚本家時代には大阪に、作家になってからは取材のため京都に幾度となく足を運んでいたこともあり、本書のなかには大阪や京都の飲食店が多く登場する。
私は京都生まれ京都育ちなこともあって、作中に登場する店のことを調べたり実際に足運んでみたりしたのだが、そのなかには既に廃業してしまった店も少なくなかったし、自分の幼いころの記憶を辿れば確かにそこにあった店が今はもうないということもあった。

なくなってしまった店については色々と調べてみたりもしたが、どの様な店であったのか池波の文章以外には全く情報が得られない店が2軒ばかりあり、憧れは募るばかりである。
余談であるが、池波は本書において大阪や京都以外にも日本各地で訪れた店の思い出を数多く綴っているので、ご自分の地元の店などがあれば実際に足を運んでみるのも楽しいのではないだろうか。

冒頭で、私は今年は時間が経つのを早く感じるということを書いたが、何の思い出もないまま時間が過ぎ去ることを良しとしなかった私は、この夏に私の店に来店された方々へ細やかながらスイカを振る舞うことにした。このとき私も久しぶりにスイカを口にしたのだが、ひと口噛んだ瞬間、何やら懐かしいような清々しいような気持ちになった。

きっとこれはスイカをよく食べていた子供の頃の記憶、夏の記憶がそうさせたのだろう。
このとき私はやはり食というもの、味というものが、自分が思っている以上に自分の中の思い出とつながっているのだと感じた。

池波が小説で書く食事風景が多くの読者を惹きつけるのはそれが単なる創作ではなく、自身の食の記憶と共に心に浮かぶ情景であり、またそれが時代や場面が違えども読み手である我々すべての中にも同じく在るものだからではないだろうか。

私は近々、本書で池波が書いているのを真似て四条河原町東入ルの料理店で昼食をとり、その後に映画を観に行くつもりである。本の中で池波が訪れた映画館は、とうの昔に廃業してしまっているが。

写真/伊藤 信  企画・編集/吉田 志帆