絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。
<書籍データ>初版1975年
かいじゅうたちのいるところ
作:モーリス・センダック
訳:神宮輝夫
出版社:冨山房
<あらすじ>
白いオオカミのぬいぐるみを着て大あばれのマックス。おかあさんに叱られ、夕ごはん抜きで寝室に放り込まれることに。すると、寝室の辺りに木がどんどん生えていつの間にか森や野原に様変わり。浜辺から船に乗ったマックスは1年と1日の航海ののち、かいじゅうたちのいるところへ向かい、やがてかいじゅうたちの王様となりますが…。
今回ご紹介するのは、アメリカの絵本作家、モーリス・センダックの代表作として知られる『かいじゅうたちのいるところ』です。今では世界的に有名な絵本ですが、出版された1963年(昭和38)当時は、すこぶる評判の悪い絵本でした。
理由は、トラウマになりそうなほどのおどろおどろしい絵。当時のアメリカは、図書館員たちが推薦する絵本を家庭に届ける読書運動が盛んで、図書館員たちはこの絵本のタッチを嫌い本棚の隅に追いやっていたのです。しかし、5年、10年と年月が経つにつれ、子どもたちがこの絵本を取り出して読み聞かせをねだるように。やがて人気が広がり、今ではアメリカのどの家庭にも一冊は置かれるほどのベストセラーになりました。
発刊当初、この絵本が図書館員たちから低い評価だった理由はもうひとつあります。それは、大人でも理解しづらい難解なストーリーです。
一般的に絵本には作者のメッセージが子どもにも伝わりやすいように描かれていますが、この絵本を一読しただけでは、作者がどんなことを伝えたいのかよくわからないのです。私もこの絵本を初めて読んだ20歳の頃、その良さに気づきませんでした。しかし時が経ち、親になって改めて読み返すと、作者が絵に込めた「親からの自立」を暗示するメッセージに気づき、目から鱗が落ちたことを覚えています。
「親からの自立」のメッセージはいくつかのページから読み解けますが、ここでは一番有名なクライマックスのシーンに注目してみましょう。王様となったマックスがかいじゅうたちのもとから去ってしまう際、かいじゅうたちは「おねがいいかないで。たべちゃいたいほどおまえがすきなんだ」という衝撃的な台詞を口にします。
絵本には子どもたちが好きな食べ物の話がよく出ますが、かいじゅうたちが口にするこの台詞はもちろん「おいしいから」「栄養を摂るから」という意味ではなく、深い愛情ゆえのものだと読み取れます。
愛情とは温かく優しいものである反面、愛によって苦しみが生まれる側面もあります。かいじゅうにとってマックスはかわいさ余って食べてしまいたいほどの存在。でもマックスにとって、かいじゅうたちに食べられてしまったら命が失われその存在がこの世からなくなってしまいます。「そんなの嫌だ」と手を振りその場を去るのも当然の話です。
私は、授業でこの絵本を大学生に読み聞かせる機会が多いのですが、学生のなかには子どもでもなく大人でもない今の状況に葛藤を抱えている人も多くいます。この絵本と学生たちを重ね合わせたとき、自立した一人の人間として生きていくのであれば、愛する親から「食べられてはいけない」という気持ちになります。親の手を振り払ってでも一歩踏み出さないと本当の自立にはならない、と。
では自立を迎えた子どもに対して、親はどう振る舞ったらよいのでしょうか。かいじゅうたちのいるところから1年と1日かけて我が家へと戻ったマックス。彼が目にしたのは、お母さんが作った温かいオートミールと牛乳、そして甘いケーキでした。温かい食事を用意するだけでなく甘いケーキまで並べるところに、親から子どもへの無言の愛情が伝わってきます。この絵を見たとき、親は自立する子どもをいつまでも追いかけるのではなく、元気に見送ることが大事だと。そして帰ってきたときに温かく迎えることが親の役割だと気づかされました。
もちろん難解なストーリーといわれているだけに、私の見方が正解というわけではありません。100人いたら100通りの読み方があるのが、この絵本の魅力といえます。子どもはもちろん、大人にとっても考えさせられる「深い」絵本であるのは間違いありません。まだ読んだことがない人は、ぜひ一度手に取ってみてほしいと思います。
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