絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。
<書籍データ>初版1963年
ぐりとぐら
作:中川李枝子
絵:大村百合子
出版社:福音館書店
<あらすじ>
お料理することと食べることが何よりも好きな野ねずみの「ぐり」と「ぐら」。ある日、大きな卵を森で見つけて、カステラをつくることに。家に持って帰ろうとしてもあまりにも大きくて運べません。そこで、フライパンや調味料を持ってきて、その場で料理をすることに。すると、カステラのいい匂いにつられて、森じゅうの動物たちもぐりとぐらのもとへと集まってきました。
『ぐりとぐら』は、1963年(昭和38)の発表以来、半世紀以上にわたって多くの子どもたちに読まれている大ベストセラーです。ぐりとぐらといえば、思いつくのがあの大きなカステラ。私自身も子どものとき、ぐりとぐらがせっせと作ったカステラを再現しようとがんばってみたことがあります。結果は、ぺちゃんこのカチカチの失敗作になっちゃいましたけどね(笑)。
作者の中川李枝子さんは、戦後間もない頃に保育士をしていました。当時の子どもたちにとって、お腹いっぱい食べるなんて夢のまた夢。いつもお腹を空かせていた子どもたちに対して何もしてあげられないという状態は、保育士だった中川さんにとってとても辛い経験だったと思います。
この『ぐりとぐら』を書いた当時、子どもたちの間ではやっていた絵本が『ちびくろ・さんぼ』です。物語のなかでさんぼの家族は、溶けたトラからできたバターを使って、ホットケーキをたくさん作ります。さんぼは169枚も食べちゃいます。いつもお腹を空かせている子どもたちに、せめて絵本のなかだけでも満たされてほしいと思い、持ち帰れないほどに大きな卵を使ったカステラを登場させたのかも知れません。やっぱりあの大きなカステラを見たらいつか食べてみたいという気持ちになってしまいますね。
ぐりとぐらがせっせと焼き上げたカステラの匂いにつられて、森の仲間たちが鼻を動かしながら集まってくるシーンがあります。できたてのカステラをみんなでシェアして食べるシーンは、眺めているだけでなんともいえない幸福な気分に包まれます。
これは保育現場の先生から聞いた話ですが、0~2歳児さんは信頼関係ができていない人が食事を口に運んでも、受け入れてくれないそうです。
乳児はまだ喋ることもままならないからこそ、自分が感じることや相手から伝わることを敏感に察知しているのではないでしょうか。私たちも、信頼できない人からもらったものは、つい警戒してしまいますよね。誰かと一緒に食べるという行為は、安心感が伴ってないとできないのだと思います。
だからこのシーンに出てくる動物たちも、ぐりとぐらと心がつながっているから「おいしいね」と食べているのがわかります。
このコロナの時代、誰かと食事を一緒にするのが難しい場面が多いですが、せめて絵本の世界ではこんな幸せな光景に浸っていたいですね。
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