世界の離乳食シリーズ、第3回はインドの離乳食についてお伝えします。面積も人口もインドは日本の約8倍。広大なインドは地域によって文化が異なり、また貧富の格差も大きな国です。日本とは暮らし方や価値観が大きく異なる面もあることから、“インドに行くと人生観がガラッと変わる“なんてこともよくいわれますが、離乳食もスパイスを入れたり、日本では聞いたこともない食材を使うなど、驚きで溢れていました。
ちなみに、インドには貧しい人々が暮らすスラム街がたくさんあり、その日生きていくだけでもやっとという人々も多くいます。そんな家庭に生まれた赤ちゃんには、「離乳食を作ってあげる」というよりは、「とにかくなんでも食べられるものを食べさせる」といった方が正しいかもしれません。そのことにも触れた上で、ここではインドの食文化を知るために、中産階級の家庭における平均的な離乳食を見ていきたいと思います。それではインドのびっくり離乳食、順に見ていきましょう!
インドの赤ちゃんも離乳食を始めるのは、他の多くの国と同じく生後半年頃です。スタート時は、日本と同じで茹でてすり潰した野菜や10倍粥を食べさせます。離乳食を手作りしない家庭では、ネスレ社が出している「CERELACセルラック」という麦や米、トウモロコシを粉末にして鉄分やミネラルを添加したオートミールのようなものをミルクなどで溶いてあげることも多いようです。この「セルラック」ですが、手軽さと栄養の豊富さからインドだけでなく、ヨーロッパ、アジア、アフリカで厚い支持を得ており、各国のスーパーの離乳食コーナーにずらりと並んでいます。(ちなみに日本では販売されていません)
さて、インドの赤ちゃんは食べることに慣れてきた生後8ヶ月頃から、離乳食にスパイスを加えていきます。まずは、ターメリックやクミン、コリアンダーなど辛みのないスパイスを少しずつあげて胃腸を鍛え、チリやブラックペッパーなど辛味のあるスパイスは1歳を過ぎて消化能力が高まってから与えます。
インドでは2500年前に誕生した独自の医学である、「アーユルヴェーダ」(アーユルは「生命」、ヴェーダは「科学・知識」の意味)が今も人々の暮らしに根付いていますが、アーユルヴェーダにおいてスパイスは生薬として体調を整え、病気を未然に防いだり、治療するために用いられます。赤ちゃんもその恩恵にあずかるべく、少しずつスパイスを摂って体を強くしていくのです(ちなみにインドでは、スパイス入りのベビーフードも売られています)。
スパイスには、どんな効能があるのでしょうか?例えばターメリックは天然の抗菌薬と言われるほど強い抗菌・消炎作用がありますし、クミンやコリアンダーは消化力をサポートしてくれます。体を温めるにはクローブやブラックペッパーを、フェンネルは消化を助け利尿・発汗にも効果的といわれています。スパイスはインド家庭のいわば薬膳。家庭ごとにスパイスの調合があり、親から子へと引き継がれるキッチンファーマシーなのです。
インドには日本では見慣れない食材がたくさんあります。スパイスも多くの種類がありますし、粉類も小麦粉や米粉だけでなくさまざまな粉があるんですよ。例えば、南インドでは「RAGGIラギ」とよばれる穀物を粉末にしたものを離乳食によく用います。これは英名では「フィンガーミレ」、日本では「シコクビエ」と呼ばれる穀物で、紀元前1300年頃にはすでにインドで栽培されており、その後東アジアを通じて日本には縄文時代晩期に伝えられたといわれています。
ラギは鉄分、亜鉛、カルシウムなどのミネラルが豊富なうえ、穀類では唯一アルカリ性の性質を持つそう。さらにグルテンフリーでもあるので小麦アレルギーの赤ちゃんでも食べることができます。日本でもかつては栽培されていましたが、現在では四国や長野の山間部など一部の農家が自家用に栽培しているのみで、“幻の雑穀“とも呼ばれています。
インドではチャパティ(薄いナンのようなパン)に小麦と混ぜて使うなど日常的に用いる食材。離乳食用にはラギに牛乳やココナッツミルク、ギー(後述)などを混ぜて、お粥のようにして食べさせるのだそうです。日本のスーパーでは見かけませんが、ネット通販ならインド産やスリランカ産のラギを入手することができます。ラギは栄養豊富なだけでなく、とても香ばしくて美味しいそうです。
ここ数年、世界中で“奇跡の油“と話題になっている「ギー」をご存知でしょうか?最近は日本でもちょっと大きめのスーパーなら売られているのを目にします。ギーは、無塩発酵バターを熱して水分、たんぱく質を取り除いた100%乳脂肪のことで、アーユルヴェーダの経典では「長寿を促し、顔色をよくする」「知力、記憶力、視力、消化力を増大させる」「解毒作用」「精神攪乱・消耗病・熱病・耳痛・頭痛を和らげる」などたくさんの効能が書かれています。実際に現代の科学でも、消化促進、免疫力アップ、アンチエイジングに効果的な成分が含まれているといわれます。ギーは簡単に作ることができるので、インドでは各家庭で作られます。そして食用の他に、目や皮膚の治療、ヒンドゥ教の儀式にも使われます。
このギーをお粥に混ぜるなどして離乳食にもよく使います。また、ミルクにギーとターメリックを入れた「ゴールデンミルク」も離乳食の定番。これは栄養豊富で体に良いため、インド以外のアジア地域でも古来から飲まれているそうです。
「エッ!赤ちゃんに脂肪分ってどうなの?!」なんて思いがちですが、実は母乳にも脂肪分がたくさん含まれています。筆者にも授乳していた頃に思い出がありますが、母乳を哺乳瓶に入れておくと、しばらくすると分離して上の方に脂肪分が溜まってくるんですよ!
脂肪分は赤ちゃんにとっては大事な栄養素。そして植物性よりも動物性の脂質の方が母乳に近いためか、吸収しやすいそうです。ですからギーを赤ちゃんに食べさせるのは、とても理にかなっているのですね。
さらにもう一つ、日本人には耳なれない食べ物があります。それは「アムラ」というフルーツ。ピンポン玉くらいのライトグリーンの果実で、アーユルヴェーダでも若返りのフルーツとして重用されています。アムラの効果は近年科学的にも解明されてきており、ビタミンCやポリフェノールが豊富なため、老化の原因となる糖化を防いだり、血流をよくしてくれたり、コラーゲンを生成するのを助けたりする効果もあるそう。
なんとアムラ果汁100gには3000mgのポリフェノール(赤ワインの30倍)、レモンの10倍ものビタミンCが含まれていることがわかっています。まさにスーパーフルーツですね。このアムラ、そのまま食べるとものすごーく酸っぱいため、インドでは「チャワンプランシュ」といって砂糖や薬草とともにジャムにしたものがスーパーなどに売られており、インドでは赤ちゃんの頃からこれを食べて育つそうです。
豆類をよくとりいれるのもインドの離乳食の特徴です。インドでは宗教上の理由から菜食主義の人も多く、様々な種類の豆料理が食卓にあがります。柔らかく煮込んだ豆類は、良質のタンパク質、食物繊維を豊富に含み、消化も良いため離乳食にぴったりです。
せっかくですので、ここで豆を使ったインドの離乳食の定番「キチュリー」の作り方を紹介しましょう。「キチュリー」はお粥の意味で、すべての豆の中でも最も消化に良いといわれるムング豆(緑豆)を米とともに柔らかく煮こみ、スパイスや、ギーと合わせたものです。
【材料】
米・・・カップ1
ムング豆(皮を剥いたもの)・・・カップ1/4
水・・・1リットル
ターメリック・・・小さじ1/3 ※1
ギー・・・小さじ1
サラダ油・・・小さじ2 ※2
クミンシード・・・小さじ1/2
(あればヒーング・・・ひとつまみ)※3
ニンニク・生姜・・・各1/2カケ
塩・・・小さじ2/3程度
※1ターメリックは入れすぎると苦味が出るので注意!
※2菜種油、ココナッツオイル、太白ごま油など香りが強くない油ならなんでもOK!
※3ヒーングはアサフェティダという植物の樹液を固めたもので、豆類を食べることで腸内に発生するガスを抑えてくれる。インド食材店、スパイス専門店などで手に入る。
【作り方】
本場では、このキチュリーに酸っぱ辛いインドの味噌汁的な汁物「ラッサム」をかけたり、野菜とスパイスで作ったペースト「チャトニー」を添えて食べたりもするそうです。お粥だけで食べるなら、塩味をしっかり効かせたほうが美味しいですよ!野菜(にんじん、ジャガイモ、かぼちゃ、トマト、オクラなど)を入れて具沢山にするのもおすすめです。
キチュリーは、赤ちゃんの離乳食としてだけでなく、大人の養生食としても朝食や軽食に広く食されています。体を温めて整えてくれるので「雨の日はキチュリーを食べる」というインド人も多いとか。冷房で体が冷えている方や夏バテ気味で食欲がない方もぜひ作ってみてくださいね!
インドの離乳食は、全体的にヘルシーで栄養たっぷり、ベースにアーユルヴェーダという古代医学があることがわかりました。調べれば、まだまだ不思議な食べ物が出てきそうですね。さすがインド、奥が深いです!
次回の「世界の離乳食」は引き続きアジア圏を取り上げます。お楽しみに!